秋の日のヴィオロンの…

 大会前夜、メルボルン郊外のケリー先生のお宅を訪問したおり、僕は広い居間の片隅にあるキャビネットの中に『鈴木鎮一 音の世界』というCDを見つけました。自分の教室でも皆に薦めたCDなので嬉しくなり、そのCDの話題に花が咲きました。ケリー先生は、「こんな素晴らしい記録があるのなら、もっともっとみんなに聴いてもらうべきよ」と熱弁をふるわれ、おもむろにそのCDをかけ、2曲目の『ラルゴ』に、しばしともに聴きいっておりました。

 南半球の秋の夜、溜息のような哀歓に満ちた鈴木先生の音を聴きながら、初対面のケリー先生が昔からの懐かしい友人のように思えてきました。僕にとってのメルボルン世界大会はこの曲で始まりました。そして不思議なことに、大会最終日、世界の先生方と一緒にこの曲を演奏することになったのです。

 ヴァイオリン科の先生は毎朝、始業前の8時15分から、鈴木鎮一先生の偉業の一つである『トナリゼーション』の講習会があり、鈴木裕子先生を講師として、国内外から集まった先生方が『ユダスマカベウスの合唱』を題材に、いかに良い音を鳴らすかを研究しました。当地では『トナライゼーション』と発音する先生もおられ、このほうが『音を響かしめること』といった意味合いがよく表れているようにも思います。いずれにしても、鈴木鎮一先生の残された大切なことを真剣に学ぼうとする先生方の姿には頭が下がりました。始業前のこのセッションのあと、9時から始まる各教室のいたるところから『ユダスマカベウスの合唱』が毎朝、聴こえてきました。

 それにしても、どこに行っても子どもたちは皆、素直で素晴らしいです。慣れない英語で、ちゃんとレッスンできるだろうかと緊張気味だった僕の心をほぐしてくれたのも、他ならぬ子どもたちでした。音とは本当に不思議なもの、心を込めたきれいな音で音楽を奏でれば、言葉以上の交流ができます。また生徒たちにとって世界大会は、音楽が『世界の共通語』であることを実感する良い機会にもなることでしょう。

 『世界の共通語』を雄弁にする方法たる『トナリゼーション』の講習会の最終日、締めくくりに裕子先生は、「それでは、この4日間勉強した表現法を使って、ヴィヴァルディの『協奏曲イ短調』の第2楽章をみんなで弾いてみましょうか」と仰ったのです。なんと、大会前夜にCDで聴いた、あのラルゴです。まったくの偶然に驚きつつ、演奏に加わりました…この曲で締めくくるにはあまりに切ないなあと思いながら。だが演奏後、果たして裕子先生は、「では最後に、『ユダスマカベウス』を、今度はハーモニーをつけてみんなで合奏しましょう」と ― ヴィヴァルディの最後の単音のDが、ヴァイオリンが最もよく響くGのトナリティーに祝福されるかのように、ヘンデルのコラールの第一声となって響き渡ります。

 その音は、善意が結実した響きのようでもあり、祈りのようでもあり、まさにため息が出るような美しさでした。演奏が終わったあと、そこここの先生が泣いておられる。思わずもらい泣きしました。別れを惜しむ涙なのか、鈴木鎮一先生を偲んでいるのか、あるいは仲間とともに素晴らしい仕事ができる喜びをかみしめる涙なのか、定かではないけれども、確かに皆で何かを求め、皆で何かに感動している涙でした。

 先生方のそういった思いが、素直な子どもたちに伝わらないはずはありません。この大会を企画し、実現させた方々のスピリットの高さと、子どもたちの笑顔に、心が洗われるようでした。