2009年01月

スズキ・ウィーク



皆様、こんにちは
東京は、今日も良い天気です



1月23日〜25日まで、第52回グランドコンサートのプレイベントとして、
銀座 十字屋ホールにて「スズキ・ウィーク」というイベントが開催させます。
コンサートはもちろんのこと、ためになる講演もございます。


そして、鈴木鎮一先生が生涯をかけて研究なさった数々の資料や思い出の品々が展示されます。
長野県松本市にある「鈴木鎮一 記念館」がそのまま、東京にやってきます


まだ、若干チケットに余裕があるコンサートや講演もありますので、ぜひ、お越しください
詳しいことは
こちら

チケット情報は、「チケット購入方法」からご覧ください。

皆様のご来場、お待ちしております

鈴木鎮一先生の生い立ち

皆様はじめまして
グランドコンサートのブログへようこそ

第52回グランドコンサート実行委員の江戸朋子と申します
これから、少しずつではありますが、グランドコンサートまでのレポートをさせていただきます。
何卒 よろしくお願いいたします

さて初回は、鈴木鎮一先生の生い立ちを皆様にご紹介いたします




1898年(明治31)

10月17日、名古屋市に生まれる。
父政吉は日本における最初のヴァイオリンを製作(明治21年)、名古屋に鈴木バイオリン工場を設立した。


1916年(大正5) 18歳
市立名古屋商業学校卒業。

1920年(大正9) 22歳
上京し、徳川義親侯爵家に寄宿して、ヴァイオリンを安藤幸(幸田露伴の妹)に師事。

1921年(大正10) 23歳
徳川侯爵らの世界一周旅行に同行し、ドイツに渡る。前後2回、8年間におよぶベルリン留学が始まる。ベルリン・ホッホシューレ(高等音楽学校)のカール・クリングラー 教授に学ぶ。また、相対性理論で有名なアルベルト・アインシュタイン博士の世話になり、博士の知的グループから大きな影響を受けた。

1928年(昭和3) 30歳
ワルトラウト・プランゲと結婚し、帰国。帰国後、3人の兄弟と『鈴木カルテット』を結成、活発な演奏活動を始める。この頃より国立音楽学校の講師を務める。

1931年(昭和6) 33歳
当時ロシアの世界的ヴァイオリニストであったアレキサンダー・モギレフスキー教授らとともに、帝国音楽学校を東京に設立、教授に就任。その後校長に就任。

1937年(昭和12) 39歳
このころ江藤俊哉、豊田耕兒、小林武史・健次兄弟、鈴木秀太郎、有松洋子らを自宅などで指導。

1943年(昭和18) 45歳
長野県木曽福島に移る。

1946年(昭和21) 48歳
長野県松本市下横田に松本音楽院を開設、院長に就任。松本に移り、才能教育研究会の前身である『全国幼児教育同志会』を結成。

1948年(昭和23) 50歳
同志会を『才能教育研究会』と改称。

1949年(昭和24) 51歳
ヴァイオリン教室の支部は35ヵ所、会員1,500名を数えた。

1950年(昭和25)10月 52歳
文部省より『社団法人 才能教育研究会』の認可がおりる。

1951年(昭和26)8月 53歳
長野県霧ヶ峰高原で第1回夏期学校開催。全国から109名の子供たちと11名の指導者が集う。

1955年(昭和30)3月 57歳
東京体育館において第1回全国大会(グランドコンサート)開催。皇太子殿下始め、皇族方のご臨席を仰ぎ、多数の各国外交団も出席。1,200名の生徒によりヴァイオリンの大合奏。

1964年(昭和39)3月 66歳
10名の子どもたちによる第1回訪米演奏旅行。米国全土の音楽教育界に”スズキ・インパクト”と呼ばれる大きな影響を与えた。

1966年(昭和41)10月 68歳
著書『愛に生きる』を講談社より出版。第2回訪米演奏旅行。全米19都市で演奏と講演、熱烈な歓迎を受けた。以後、訪米演奏旅行は回を重ね、1994年の演奏旅行で30回を数えた。

1967年(昭和42) 69歳

才能教育会館竣工。

1975年(昭和50) 77歳
第1回世界大会をハワイにおいて開催。日本・アメリカ・オーストラリアなどから870名余りが参加。

1978年(昭和53)4月 80歳
日米親善コンサートのため100名の子どもたちとともに訪米。ワシントンのケネディセンターで行なわれたコンサートには、カーター大統領夫妻も出席され、日米200名の子どもたちの演奏に大統領も感激、国際親善の暖かい光景を展開した。

1979年(昭和54) 81歳
松本市の名誉市民となる。

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