世界の拡がり
米国でのスズキ・メソードの歩み、そして欧州へ
「才能教育」の海外での普及ぶりは、目をみはるものがあります。特にアメリカでは、30万人にものぼる子どもたちが「スズキ・メソード」によってヴァイオリンなどを学んでいます。
「才能教育」がアメリカに紹介されたのは、1964年(昭和39年)3月、才能教育研究会の児童10名による第1回訪米演奏旅行に始まります。このきっかけは、1955年(昭和30年)3月、東京都体育館で開催された第1回全国大会における児童500名の演奏フィルムです。前鈴木鎮一記念館館長だった望月謙児氏 (当時オベリン大学に留学)の申し入れによってアメリカに送られたこのフィルムは、たちまち一大センセーショナルを巻き起こし、その結果、第1回の訪米演奏旅行が実現したわけです。この演奏旅行により、アメリカの弦楽器界は未だかつて味わったことのない大きな衝撃を受けたといわれています。 2年後の1966年(昭和41年)10月、次いで1967年(昭和42年)10月には、アメリカの招きにより第2・第3回の訪米演奏旅行が実現し、アメリカにおける「才能教育」は次第にその共鳴者を増やしていきました。

1978年(昭和53年)4月、10日間にわたってワシントン・アトランタ・ニューヨークで行なわれた日米親善コンサートも実り多いものでした。特に4月9日、ワシントンのケネディセンターで行なわれたコンサートに出席されたカーター大統領夫妻は、日米 200名のスズキチルドレンの演奏に感動され、演奏終了後、自らステージに現れた大統領が鈴木鎮一氏とお互いの肩を抱き合うという、素晴らしい光景が見られました。また、訪米コンサート20年目の1984年(昭和59年)10月13日には、日本人では2番目というカーネギーホール主催のコンサートに出演し、反響を呼びました。
このように、日本ではなかなか理解されなかった「才能教育」は、むしろアメリカにおいてフランクに受け入れられ、1978年(昭和53年)6月から8月にかけては、全米30ヵ所において「スズキ・メソード」の夏期学校が開かれるほど普及しました。さらに、毎年10月から11月にかけての40日間、アメリカ、カナダ、その他の諸都市において演奏を繰り広げた子どもたちによる演奏旅行は、東洋の小さな国で生まれた「才能教育」がアメリカで大きく成長し、次いで世界各国でも着実に育っていることを示してくれました。そして1979年(昭和54年)6月、第4回才能教育世界大会が、西ドイツ・ミュンヘンで開催され、ヨーロッパに本格的な「才能教育」の種まきが行われました。
1978年(昭和53年)8月、サンフランシスコ州立大学で開催された第3回才能教育世界大会にはアメリカ・イギリス・ カナダ・フランス・西ドイツ・デンマーク・スイス・オーストラリアおよび日本の各国指導者が集まりましたが、ぜひ「スズキ・メソード」の世界組織を作ろうという声があがり、その原案が作成されました。 今までに世界大会は次のような場所で開催され、世界各国より多数の指導者・生徒が参加しております。
| 回数 | 開催地 | 開催年月 |
|---|---|---|
| 1 | アメリカ・ハワイ | 1975年6月(S50.6) |
| 2 | アメリカ・ハワイ | 1977年6月(S52.6) |
| 3 | アメリカ・サンフランシスコ | 1978年8月(S53.8) |
| 4 | 西ドイツ・ミュンヘン | 1979年6月(S54.6) |
| 5 | アメリカ・マサチューセッツ | 1981年7月(S56.7) |
| 6 | 日本・長野県松本市 | 1983年7月(S58.7) |
| 7 | カナダ・エドモントン | 1985年8月(S60.8) |
| 8 | 西ドイツ・ベルリン | 1987年8月(S62.8) |
| 9 | 日本・長野県松本市 | 1989年7月(H1.7) |
| 10 | オーストラリア・アデレード | 1991年1月(H3.1) |
| 11 | 韓国・ソウル | 1993年8月(H5.8) |
| 12 | アイルランド・ダブリン | 1995年7月(H7.7) |
| 13 | 日本・長野県松本市 | 1999年3月(H11.3) |
| 14 | イタリア・トリノ | 2006年4月(H18.4) |
こうした海外における「才能教育」の理解度は、日本を大きく勝るものがあり、今日まで本会の本拠地である松本 に来て留学した生徒は、アメリカ・ヨーロッパ・カナダ・オーストラリア・アジアなどより200名以上になり、各国でチーフとして指導に当たっています。


