鈴木 鎮一
| 1898年(明治31) | 10月17日、名古屋市に生まれる。 父政吉は日本における最初のヴァイオリンを製作(明治21年)、名古屋に鈴木バイオリン工場を設立した。 |
|---|---|
| 1916年(大正5) 【18歳】 |
市立名古屋商業学校卒業。 |
| 1920年(大正9) 【22歳】 |
上京。徳川義親侯爵家に寄宿し、ヴァイオリンを安藤幸(幸田露伴の妹)に師事。 |
| 1921年(大正10) 【23歳】 |
徳川侯爵らの世界一周旅行に同行し、ドイツ・ベルリンに渡る。ベルリン・ホッホシューレ(高等音楽学校)のカール・クリングラー教授に学ぶ。また、相対性理論で有名なアルベルト・アインシュタイン博士の薫陶を受け、博士から大きな影響を受けた。 |
| 1928年(昭和3) 【30歳】 |
ワルトラウト・プランゲと結婚し、帰国。帰国後、3人の兄弟と『鈴木カルテット』を結成、活発な演奏活動を始める。国立音楽学校の講師を務める。 |
| 1931年(昭和6) 【33歳】 |
当時ロシアの世界的ヴァイオリニストであったアレキサンダー・モギレフスキー教授らとともに、帝国音楽学校を東京に設立、教授に就任。その後校長に就任。 |
| 1937年(昭和12) 【39歳】 |
江藤俊哉、豊田耕兒、小林武史・健次兄弟、鈴木秀太郎、有松洋子らを指導。 |
| 1943年(昭和18) 【45歳】 |
長野県木曽福島に移る。 |
| 1946年(昭和21) 【48歳】 |
長野県松本市下横田に松本音楽院を開設、院長に就任。後に、才能教育研究会の前身である『全国幼児教育同志会』を結成。 |
| 1948年(昭和23) 【50歳】 |
同志会を『才能教育研究会』と改称。 |
| 1950年(昭和25)10月 【52歳】 |
文部省より『社団法人 才能教育研究会』の認可がおりる。 |
| 1951年(昭和26)8月 【53歳】 |
長野県霧ヶ峰高原で第1回夏期学校開催。全国から109名の子供たちと11名の指導者が集う。 |
| 1955年(昭和30)3月 【57歳】 |
東京体育館において第1回全国大会(グランドコンサート)開催。皇太子殿下始め、皇族方のご臨席を仰ぎ、多数の各国外交団も出席。1,200名の生徒によりヴァイオリンの大合奏。 |
| 1964年(昭和39)3月 【66歳】 |
10名の子どもたちによる第1回訪米演奏旅行。米国全土の音楽教育界に”スズキ・インパクト”と呼ばれる大きな影響を与えた。 |
| 1966年(昭和41)10月 【68歳】 |
著書『愛に生きる』を講談社より出版。第2回訪米演奏旅行。全米19都市で演奏と講演、熱烈な歓迎を受けた。以後、訪米演奏旅行は回を重ね、1994年の演奏旅行で30回を数えた。 |
| 1967年(昭和42) 【69歳】 |
才能教育会館竣工。 |
| 1975年(昭和50) 【77歳】 |
第1回世界大会をハワイにおいて開催。日本・アメリカ・オーストラリアなどから870名余りが参加。 |
| 1978年(昭和53)4月 【80歳】 |
日米親善コンサートのため100名の子どもたちとともに訪米。ワシントンのケネディセンターで行なわれたコンサートには、カーター大統領夫妻も出席され、日米200名の子どもたちの演奏に大統領も感激、国際親善の暖かい光景を展開した。 |
| 1979年(昭和54) 【81歳】 |
松本市の名誉市民となる。 |
| 1983年(昭和58)7月 【85歳】 |
第6回世界大会を松本で開催。世界22ヵ国から指導者・生徒・父兄が約1,500名参加し、レッスンを受ける。 |
| 1986年(昭和61)12月 【88歳】 |
米寿記念コンサート「鈴木鎮一と”キラキラ星”たち」がサントリーホールで開かれる。 |
| 1991年(平成3) 【93歳】 |
英サンデータイムス紙の特集「20世紀をつくった1000人」の中の1人に選ばれる。1000人中、日本人は11人。 |
| 1994年(平成6) 【96歳】 |
95歳祝祭コンサートがサントリーホールで開かれる。 |
| 1996年(平成8) 【98歳】 |
鈴木鎮一記念館が開館。 |
| 1997年(平成9) 【99歳】 |
専修学校国際スズキ・メソード音楽院開校。名誉校長に就任。 |
| 1998年(平成10) | 1月26日永眠。享年99歳。 |
受賞歴等
| 海外からの受賞 | |
|---|---|
| 1969年 | ベルギー ユージン・イザイ財団 イザイ賞 |
| 1972年 | カナダ・ウィニペグ市 名誉市民 |
| 1973年 | アメリカ・フィラデルフィア 人間能力開発研究所 スペクトラム賞 |
| 1978年 | アメリカ・ジョージア州アトランタ市 名誉市民 |
| 1982年 | フランス 教育功労勲章 |
| 1982年 | アメリカ・ルイジアナ州モンロー市 名誉市民 |
| 1985年 | ドイツ連邦共和国 功労勲章一等功労十字章 |
| 1985年 | イタリア・ベネチア賞協会 ベネチア賞 |
| 海外の大学から音楽博士・名誉音楽博士号 | |
|---|---|
| 1966年 | アメリカ・ボストン ニューイングランド大学 |
| 1967年 | アメリカ・ケンタッキー ルイビル大学 |
| 1972年 | アメリカ・ニューヨーク ロチェスター大学 |
| 1982年 | アメリカ・ルイジアナ州 ノースイースト・ルイジアナ大学 |
| 1984年 | アメリカ・オハイオ州 オベリン大学 |
| 1990年 | アメリカ・オハイオ州 クリーブランド音楽大学 |
| 1990年 | イギリス・セントアンドリュース大学 |
| 1992年 | アメリカ・ニューヨーク州 イサカ大学 |
| 1992年 | アメリカ メリーランド大学 |
| 日本における受賞 | |
|---|---|
| 1951年 | 第2回 中日文化賞 |
| 1961年 | 第7回 信毎文化賞 |
| 1970年 | 勲三等瑞宝章 |
| 1976年 | 第6回モービル音楽賞 |
| 1979年 | 松本市 名誉市民 |
| 1982年 | ソロプチミスト日本財団より第1回千嘉代子賞 |
| 1983年 | 国際交流基金賞 |
| アメリカにスズキデー設立 | |
|---|---|
| ジョージア州アトランタ市 | 4月13日 |
| イリノイ州 | 10月3日 |



