鈴木鎮一先生を語る

第3回

福井和恵 (逗葉・東急・横浜支部ヴァイオリン科指導者)

心のレッスンへ深い感謝

幼少の頃、両親に連れられ訪れた松本での夏期学校。市民会館ホール横の廊下で「元気かな!? がんばれ、がんばれ」と抱きしめられた鈴木先生との初対面の喜びを今でもはっきりと覚えています。私と先生との出合いはそこから始まり、そして松本での三年間の研究生時代は、一生のうちで忘れられぬ思い出となりました。

より美しい音へ、深い音へと導いてくださる個人レッスン。毎週行なわれるマンデーコンサート、研究会。よくできると、先生を囲んで、ティーパーティーが始まりました。公園での鈴木先生を交えてのソフトボール大会、運動会、いろいろと鈴木先生とともに過ごすことができて、本当に幸せでした。

一週間に一回の個人レッスンに向けて練習をがんばりました。先生は一つの音に対して厳しく指導されました。“もうこれでよし”と思って練習に臨んでも、先生はその気持ちを見破ってしまうかのように、もっと高い高いところへとレッスンをしてくださいました。練習していくうちに先生のおっしゃっていることが分からなくなってしまうことがあり、何度も悩みました。何回もやっていくうちに、ようやくこれだ!!と見えて来たり……。一つの課題が終わると、次から次へとやり抜きなさいと言わんばかりに力を与えてくださいました。生活面でも、だらけていると、すぐそれを察するかのように、心のレッスンをしてくださいました。

あの頃はよく分からなかったけれど、今ようやく経験を積み、このことだったのか、と気づき、反省する今日この頃です。人に対する愛情や優しさ、思い立ったら実行する行動力、やり抜こうとする根気、先生はヴァイオリンを通していろいろなことを教えてくださいました。これから鈴木先生が歩まれておられる道を心から尊敬し、微力ながらも後をついて行きたいと思っております。

大沢美木 (名古屋中央支部ヴァイオリン科指導者)

モーツァルト「クラリネット五重奏」の思い出

私が研究生だった時のことですから、昭和四十四年頃だと思います。研究生の仲間とカルテットを楽しんでいました。中島 顕先生、青木博幸先生もカルテットのメンバーでした。外国から勉強に来ているクラリネット奏者がいらっしゃったので、これはちょうどよい、モーツァルトの「クラリネット五重奏」をやろう、ということになりました。私はその時からひそやかな期待をしていました。皆様もご存知のように、モーツァルトの「クラリネット五重奏」は、鈴木会長がベルリンのコンサートでクリングラー・クワルテットを聴いて、拍手をする両手を失ってしまわれた、という曲です。私の期待というのは、私たちの演奏を会長が聴かれて、ひょっとしたらレッスンしていただけるかも、というものでした。

ある日、私たちが練習をしていると、研究生室のドアが突然あいて、会長が顔を出され、「私も弾いていいかね?」とおっしゃいました。私は心の中で「やった!」と思いました。会長はそそくさとご自分の楽器を持ってこられ、たまたま私が第一ヴァイオリンを弾いていたので、その席に会長に座っていただきました。そこで「愛に生きる」にも楽譜つきで記されている第二楽章のラルゲットの演奏が始まりました。

その時のことは、今でもはっきりと覚えています。いつものレッスンの時の柔和なお顔ではなく、何かドキッとさせるような厳しい表情でした。私が無意識でメロディーを口ずさんでいると「大沢君、静かにしなさい!」と、いつになく厳しい口調でおっしゃられ、またまたドキッとしました。私が会長から受けたレッスンの中で、一番貴重な、すばらしいレッスンをしていただいたと今でも思っています。自ら演奏をしていただき、その演奏を間近に見て、感じることができた、この演奏は一生忘れることのない、私にとって宝であり、また私の理想である「自ら身をもって示す」ということを与えていただいたすばらしい体験でした。

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