東京音大近くのお気に入りの喫茶店「こうじいはうす」にてランチタイムの大谷康子さん 2015年はデビュー40周年を祝い、多彩なコンサートに果敢にチャレンジされた大谷康子さん。ヴィヴァルディからプロコフィエフまで時代も国も違う4つのヴァイオリン協奏曲を一夜で弾き分け、大向こうを唸らせたかと思いきや、「お菓子な名曲サロン」で大好きなお菓子ワールドを人気パティシエと展開、ジャズマン山下洋輔とのコラボで新境地を魅せ、年末にはキエフ国立フィルとのメンデルスゾーン、チャイコフスキーの二大協奏曲を披露。その間隙を縫って、年間100回を越すコンサート、テレビ出演、インタビュー、年末のFM生番組特番出演、日経新聞「こころの玉手箱」記事連載、CDの発売など、八面六臂の活躍。3月には20年在籍した東京交響楽団ソロ・コンサートマスターを辞し、愛器ピエトロ・グァルネリで春からの新しい活動を展開する。小柄な身体から発散されるエネルギーは、「元気の伝道師」そのもの。人々の心に届く音楽を紡ぎ続ける新しいプランが目白押しだ。40年分の「引き出し」から発信される新しい試みの数々に、今年もまた目が離せない。


心に届く音楽を


 思えば、25年くらい前のことでした。ソニーの社長や名誉会長を務められた大賀典雄さんから、しきりにソロ活動に専念するように言われていました。それは、「アメリカでデビューしなさい。それを逆輸入しよう」という働きかけでした。その後、1995年に東京交響楽団のコンサートマスターとして入団してからも、「早く辞めて、ソロに専念しなさい」と何度もアドバイスされたものです。結果的に、渡米せず、ソロ活動と、オーケストラのソロコンサートマスター、室内楽の演奏はもとより、病院への訪問コンサート、被災地でのコンサートなど、ヴァイオリンでできるあらゆることをすべてやってきました。大賀さんからは、軽井沢の大賀ホールでのリサイタルの時に、「本物のエンターテイナーになったね」と喜んでくださり、「アァ、よかった」と思いました。私のためを思ってアドバイスくださったのに、その通りにしなかったわけですから、どんな風にご覧になられるか、心配していたのです。大賀さんが亡くなられる2年前のことでした。

 大好きなヴァイオリンを演奏する活動を、長年続けてきて本当によかった、と思います。オーケストラで弾くことで、交響曲やオペラ、現代音楽から古典まで幅広く演奏してきたわけですが、ソロ活動に専念していては体験できないことが数多くありました。

R.シュトラウスのヴァイオリンソナタ、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ「春」 SICC-1771 ¥3,024(税込) たとえば、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。この曲をしっかり弾きこなすには、ベートーヴェンの交響曲やミサ・ソレムニス(荘厳ミサ曲)を知らないと曲になりません。同様にブラームスのソナタを弾くには、ブラームスのピアノ曲や交響曲、歌曲を知らずには、あの深い慈しみの音楽は成り立ちません。

 R.シュトラウスのヴァイオリンソナタを録音する時、ピアニストのイタマール・ゴランが「僕はいろいろなヴァイオリニストと共演してきたけれども、康子さんは違うね」と言うのです。この曲を前にして、二人でディスカッションした時に、「やはりカルロス・クライバーが指揮した《ばらの騎士》だよね」で、二人とも意気投合していました。中には、R.シュトラウスのソナタをベートーヴェンのように弾く方もいますが、私たちはとにかく《ばらの騎士》でした。それに、《英雄の生涯》や《ドン・ファン》をオーケストラで演奏してきた経験も、ものすごく大きな後押しになりました。学生時代と違って、今は、楽譜を見ると、作曲家がここで何を表現したいか、あるいはどんな表現を隠したいか、が自然と見えるようにもなってきました。

40年分の「引き出し」


4つの協奏曲を弾きわけた(2015年5月10日) 2015年はデビュー40周年記念で、5月10日、ミューザ川崎シンフォニーホールで、前代未聞の一挙に4つのヴァイオリン協奏曲を演奏しました。まずは、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲イ短調、スズキ・メソードの皆さんが大好きなアーモールです。私も一番最初に好きになった曲で、原点の曲でもあります。そしてお馴染みのメンデルスゾーン、さらにはプロコフィエフの第1番にブルッフの第1番。「ありえない」とみなさんをびっくりさせましたが、古典から現代まで、様式の異なるクラシック音楽の本筋を弾きわけるのは、とても楽しかったですね。「サービス精神たっぷり」とも言われましたが、自分自身ではそのつもりはなく、自然とそうなりました。

皇后美智子様もご臨席されたサントリーホールでのコンサート。メンデルスゾーンとチャイコフスキーの二大協奏曲を一挙演奏 40年分の「引き出し」ができました。学生時代には、それぞれの作曲家の様式を頭で学びました。それをコンサートマスターとしての活動を通じて、身体で、耳で、心で、五感で感じ、学びとることができました。そのすべてが音楽人生を豊かで楽しいものにする「引き出し」となったのです。

 仕事をさせていただく中で、随分と勉強させていただいたというのが実感です。自分の好きなことをさせてもらえていますし、苦手な作曲家というのもありません。新しい作品でも、詳しく中身を見ていくと、好きになっていくものです。その中で出逢う人々が本当にみなさん素晴らしくて、1日が24時間ではまったく足りなくて、36時間、いえ48時間あったらいいのに、と思います。やるからには、きちんとやりたいですからね。いろいろな時代のいろいろな様式を肌で感じて、頭で考えるのではなく、自分で実感した思いとして伝えたいですね。

 2015年の暮れに、NHK-FMの "私が奏でたいクラシック" という生放送番組に出演しました。5時間50分の放送時間の中で、35曲が紹介されましたが、そのどの曲も関わってきた曲ばかり。スタッフの皆さんもびっくりされていたみたいです。それもこれも大学を卒業してソロ活動に専念していたら、そうした音楽体験はできなかっただろうと思い、感慨深いものがありました。

 いろいろな「引き出し」が増えた分、これからは、音楽を通して極めたいという部分以外にも、一社会人としての活動をしっかりしていきたいと考えています。たとえば子どもたちとの関係です。子どもたちは本当に大切な存在で、子どもによって世界が変わって行くと言ってもいいくらいです。やり方次第で、子どもたちのいい面を伸ばせてあげられます。ジュニアオーケストラのある街は、非行が少ない、と言われているそうです。音楽には、そうしたチカラがあります。そうやって世界が仲良くなることも、私たちの大きな願いです。

「元気の伝道師」として

大谷康子さんのテレビ新番組「おんがく交差点」が、4月6日(水)23:30〜24:00 BSジャパン(テレビ東京系列)でスタートします。初回は、音楽番組の司会歴も長い黒柳徹子さんがゲスト。音楽との関わりを語ります。 今後の活動は、いろいろとあります。まず、4月6日(水)からBSジャパンの新番組(毎週水曜夜11時半から)で春風亭小朝師匠と私が出演する番組「おんがく交差点」が始まります。昨年、テスト的な番組を作ったところ、とても好評で、レギュラー化しようということになりました。各界の様々な方々とのコラボレーションも楽しめそうで、とても大きな出逢いがあるのでは、と今から期待しているところです。鈴木鎮一記念館(松本)でのコンサート初回のゲストは、黒柳徹子さん。とっても楽しい収録となりました。ぜひご覧くださいね。

 4月23日(土)には、大阪のザ・シンフォニーホールで「ヴァイオリン名曲サロン」を開きますし、その前の4月17日(日)は、鈴木鎮一記念館(松本)でのコンサートにも出演します。記念館が今年、開館20周年ということで、私もどんなお話をしようかなと考えているところです。また、12月からは年1回のペースで白寿ホールのステージで、「あ、これぞヴァイオリン!」という企画、それも10年間続ける息の長いプログラムを始めることになります。他にも、2015年12月のキエフ国立フィルとの共演の再演という形で、2017年にはウクライナの首都、キエフでの公演も予定されています。

ヴァイオリン名曲サロンと題して、古典からラテンまで堪能できる どんな時でもそうですが、音楽は頭で聴くのではなく、心で聴くものです。演奏を聴いて、感じる心が大切で、子どもの時に豊かな感受性を育てていくことが本当に必要に思います。何事にも感動する心をぜひ養ってほしいと思います。キエフ国立フィルとの演奏を聴いて「涙が出て止まらなかった」というお子さんがいました。そうであってほしいし、完璧な演奏は機械でもできるので、演奏家としての経験や思いを、私たちも、どれだけ聴衆に伝えられるか、そこが音楽の本質だと思っています。

クリックすると、ビデオメッセージ画面になります私自身は、「元気の伝道師」として、みんなが感動する心を培うお手伝いがしたいですね。子どもたちがのびのびとできるよう、私もできるところから始めたいと思っています。

 最後に、ビデオメッセージを収録させていただきました。私からの皆様への8分間のショートメッセージです。ご覧ください。

→大谷康子さん公式サイト
→BSジャパン「おんがくの交差点」公式サイト