毎回、フォトジェニックな写真も楽しみな渡辺玲子さん ヴァイオリン科出身で世界的に活躍される渡辺玲子さんは、近年、バレエの演奏会に出演し、舞台上でバッハの無伴奏曲をダンサーとコラボされたり、サントリーホールでの「車いす使用者のためのスペシャルコンサート」のプログラム企画と演奏を受け持たれたり、あるいは、この9月末〜10月初めにかけては「仙台クラシックフェスティバル(せんくら)2016」に出演されるなど、様々な活動に積極的に取り組まれています。

 今回、話題にするレクチャーコンサートシリーズも、渡辺さんの近年の活動の柱に据えられているようです。10月20日(木)には、Hakuju Hallで第2回レクチャーコンサートが開催されます。演奏のみならず、演奏家の視点から名曲を紐解いていただけるという二重の喜びを満喫できる内容です。そのあたりのご苦心などについて、インタビューをお届けします。


この数年、レクチャーコンサートを演奏活動の大きな柱として位置づけられているように見えます。そのきっかけとなったのは、国際教養大学での秋学期の集中講義「音楽と演奏」やアトリオンホールでの青少年向けレクチャーコンサートではないかと思いますが、いかがでしょうか?

11月11日に開催される2016年度青少年のためのレクチャーコンサート「名曲を聴こう」 2004年から始めた秋田の国際教養大学での講義の経験が、段々に「レクチャーコンサート」という形に結集されてきました。講義を始めたばかりの数年は、いろいろな意味で手探り状態でした。音楽を専門としない学生に、教養としての音楽の聴き方、楽しみ方を教えるというのが私の授業の目的でしたので、それまでの私自身の経験とは異なった視点が必要になりました。

 コースの内容については手探り状態で始まりましたが、それでも毎年受け持つ講義期間(約2ヵ月)の中で1回は、ピアニストを東京から呼んできてレクチャーコンサートの形式をとり、全校の学生や外部の人たちにも公開していました。秋田には響きのよい音楽専用ホール、アトリオン音楽ホールがありますが、そこの協力も得て行なうこともたびたびありました。

 2011年からは楽器を貸与していただいている日本音楽財団の協力を得て、秋田のアトリオンホールとの共催で高校生を無料招待する「青少年のためのレクチャーコンサート」を毎年開催しています。今年の11月11日(金)の公演で丸5年、6回目になります。秋田以外でも北九州市響ホールや白山市のクレインホールなどでも開催しました。そちらは今年で一段落したため、新しい候補地を募集中です。

秋田でのそうした活動が、ご自身の演奏活動にどのような実りを与えてこられたのでしょうか。レクチャーをするための膨大な準備や聴衆との関係で大きな変化があったのではないかと思います。

 学生たちと授業でかかわる間に、音楽の専門的な知識がない人たちがどのように音楽を聴いているのか、ということに少しずつ目が開かれていきました。学生たちの大半は、「音楽が大好き」と言いながら、単なる好き嫌いで曲を聴き、BGMとして音楽を鳴らしているだけなのです。本当に作品を聴くということはどういうことなのか、そこを教える必要性を実感しました。そのことを実感し、系統立ててシラバス(講義の大まかな学習計画)を組めるようになるまでに数年かかりましたが、そのプロセスを通して、私の音楽に対する姿勢も、演奏も含めて明確になってきて、音楽の様式や和声に対する考え方も、より深くなったように思います。

昨年10月28日に、満を持して、Hakuju Hallで大人向けに第1回目のレクチャーコンサートを開催されました。演奏家の視点で、ソナタの名曲に一歩踏み込んだ解釈をお話しながらのコンサートは、知的好奇心を刺激する、体が “知る、聴く、喜ぶ” 新体験!として、大変な反響を生みました。手応えはいかがでしたか?

 秋田や北九州では学生や子どもたちが対象でしたが、Hakuju Hallのシリーズでは知的好奇心を持った大人を対象としたレクチャーにしようと計画していました。1回目は、果たしてどのような反応が返ってくるか、不安を感じていましたが、「面白かった」というような感想を多くいただきました。「レクチャーは少し難しかったけれど、演奏はとても楽しめた」という方もいらっしゃいました。

 秋田の学生たちと接して分かったように、音楽を表面的な気持ちのよさや、好き嫌いだけで理解したと思っている人が多いと思いますが、もう一歩、音楽の構造的な部分にまで踏み込むと、作曲家の人生経験や思想や深いこだわりなど、パーソナルなメッセージが音の中から聴こえてくるようになります。

 音楽の基本的な構造を理解し始めると、作曲家の素晴らしい独創性がどこにあるのかが見えてきて、前には気がつかなかった「喜び」と「驚き」の感情が湧き上がってきて、作品に対する共感が増します。

 演奏家は、これらの「喜び」や「驚き」を自分の演奏解釈で伝えようとするのですが、聴く方も同時にそのことに関心を持っていれば、「聴く」という行為がもっと創造的になり、ただ受け身で聴くのではなくて、積極的に音楽の作られていく過程にかかわる聴き方を楽しむことができます。

 レクチャーを作る上で悩むのは、専門的な用語をなるべく使わないように努めながら、内容的な深さをどこまで伝えるか、ということ。音楽に対する知識もそれぞれ異なるお客様でしょうから、どこまで踏み込むかを決めるのが毎回難しいところです。Hakuju Hallは音響も素晴らしく、座席も300席ほどなので、サロン的な雰囲気で、演奏とレクチャーの両方を本格的に楽しんでいただけます。レクチャーにはあまりなじみがない方でも、演奏の方は演奏会として十二分に味わっていただけます。第1回の時は、作曲家の方も来てくださって、あとで感想を送ってくださいました。

クリックで拡大クリックで拡大そして、今年10月20日に、Hakuju Hallでの第2回レクチャーコンサートが開かれます。「フランクのソナタの秘密に迫る」というキャッチコピーに、とてもそそられました。演奏されるだけでなく、話し言葉で曲を紐解くためのご準備は、さぞかし大変ではないかと推測しますが。

 今回はベートーヴェンのスプリング・ソナタとフランクのヴァイオリン・ソナタをメインに、紐解いていきます。時代の様式としては異なる2曲ですが、「主題の扱い方」という意味では、ある程度の共通点と、時代のスタイルの変遷を見ることができます。そのあたりを基軸にして、レクチャーを作ろうと考えています。演奏曲はソナタの大作2曲に合わせて、シューマン、ブラームス、ディートリッヒがヨアヒムの誕生日の祝いに共作したヴァイオリン・ソナタ、「F.A.E.ソナタ」から、シューマンの「間奏曲」と、ブラームスの「スケルツォ」も聴いていただきます。

以前、機関誌の「先輩こんにちは」のインタビューで「疑問を持ったら自分に問いただす」という姿勢についてお話しいただいたことがありました。このスタイルが作曲家と作品への知的興味となって、猛烈に調べ上げるエネルギーになるのかなと思いますが、いかがですか?

 自分で疑問を持ったこと、知りたいことはいろいろな資料を見て調べるようにしています。ただ、誰かの意見をそのまま受け入れるということではなくて、最終的には自分で解釈して納得したものだけを使うようにしています。レクチャーコンサートでも、自分の言葉で伝えられるように努めています。

レクチャーをし、演奏もすることは、大変な体力と知力を要します。以前、ジム通いのことを伺いました。現在も続けていらっしゃるのでしょうか。

 実はこの2年ほど、マスタークラスやアンサンブルの指導、プライベートに教えてほしいという要請が増えて、それらに対応していると、前のようにジムに行ったり、山へハイキングに行ったりする時間があまり作れなくなっているのが現状です。

最後に、「マンスリースズキ」の読者へのメッセージをお願いします。

 10月20日は、ぜひ聴きに、そしてレクチャーも楽しみにいらしてください。昨年の第1回の時は、レクチャーの部分では客席も少し明るくして、メモも取りたい方はできるようにしていました。いろいろな楽しみ方ができるコンサートにしたいと思います。また、10月には新しいCDの録音も予定しています。今回は19世紀末から20世紀初頭の名曲集になる予定です。

→渡辺玲子さん公式サイト
→「せんくら」公式サイト