じしんをしるたび
「星をつなぐコンサート」を福島県浪江町で開催!
そもそもこのイベントの発端は、東日本大震災から10年以上が経過し、音楽を学ぶ子どもたちの中にも震災を経験していない子の割合が増えてきたことにありました。東北地区のスズキ・メソードの指導者たちは、震災のことを自分たちでできる演奏を通して、体験してみようと考えました。そのために具体的には、
①被害の大きかった地域に実際に出向いて学ぶこと。
②その見聞を自分のこととして記憶に留め、伝えていく機会を得ること。
を目的にしようと立案。企画されたのが今回のイベント「じしんをしるたび」でした。「地震」をとおして「自身」を学ぶ旅。自分たちの近くで起きた大震災を過去のこととして捉えるのではなく、未来のことにつなげる意味合いも含まれていました。
実は、2023年5月20日(日)に、福島市あづま総合運動公園メインアリーナでは、全国から集結した500人のチェリストたちによる「2023ふくしまチェロ・コンサート」が開催され、その翌日には、福島県内の浜通り、中通り、会津・喜多方地区の7コースで数ヶ所ずつを回るキャラバンコンサートも開かれていました。被災地域の人たちに寄り添う中で、チェロアンサンブルを通しての演奏活動をボランティアで実行していたのです。その実行委員会の一人として活躍されたのが、福島市在住のチェロ科指導者、井上弘之先生でした。その際の体験(道の駅なみえでのコンサートや震災遺構・請戸小学校の見学など)を東北地区の指導者会議の折などで報告されたことがきっかけとなり、今回の企画につながりました。準備を進めてこられた福島・宮城で教室を持つヴァイオリン・チェロ・ピアノの各科の指導者が、お揃いのTシャツ(TONE HAS THE LIVING SOUL=音に命あり)を着て、手作りのコンサートを作り出す姿は、とてもハートウォーミングな気持ちを高めて行きます。
→「道の駅なみえ」公式サイト
その「道の駅なみえ」の大会議室でのリハーサルも順調に進み、いよいよ本番です。まずは、11時開演に先立ち、「道の駅」正面玄関前のロビーではプレ・コンサートが始まりました。曲目は、ピアノ科生徒による次の2曲と、ヴァイオリン科の小さな子どもたちによるキラキラ星変奏曲でした。
10:45〜プレ・コンサート
1. ピアノ演奏 トルコ行進曲(モーツァルト)
2. ピアノ連弾 「小組曲」よりバレエ(ドビュッシー)
3. キラキラ星変奏曲(鈴木鎮一)
ふらりと入ってこられたお客様たちが、立ち止まって子どもたちの演奏に耳を傾けてくださいました。「タカタカタッタ」のリズムで登場したヴァイオリンの子どもたちは歩きながらの演奏も披露。お客様も笑顔になる素敵なパフォーマンスになりました。
そして、舞台は大会議室へ。いよいよ本番コンサートです。飯塚大先生の指揮で、以下の曲を演奏しました。
11:00〜星をつなぐコンサート
会場 道の駅なみえ大会議室(福島県双葉郡浪江町大字幾世橋字知命寺60)
第1部 ヴァイオリン、チェロ、ピアノによる名曲アルバム
1. メヌエット(バッハ)
2. ユーモレスク(ドヴォルザーク)
3. 2つのヴァイオリンのための協奏曲二短調より第1楽章(バッハ)
4. 亡き王女のためのパヴァーヌ(ラヴェル)
5. 白鳥(サン=サーンス)
6. ダンス・ラスティック(スクワイヤ)
7. ワルツ(ブラームス)
8. むすんでひらいて、こぎつね、ちょうちょう(外国民謡)
9. キラキラ星変奏曲(鈴木鎮ー)
第2部 ご一緒に歌いましょう
1. 浜辺の歌(成田為三)
2. 「となりのトトロ」より「さんぽ」(久石譲)
3. 請戸小学校校歌(渡邊義章)
演奏曲に応じて、出演する子どもたちの降り番、乗り番が変わりますが、リハーサルで段取りは確認済みでしたので、スムーズに流れて行きました。外の駐車スペースからも自由に出入りできる環境でしたし、雨もやみ、曲が進むにつれ、少しずつ立ち止まるお客様も増えてきました。道の駅のイベント取材に訪れていた地元の放送局もしっかり映像を収録されていたようです。
第2部の、お客様との合唱では、少し恥じらいがあったのか、あまり大きな声での合唱にはなりませんでした。この辺りは合唱をリードする進行役が用意されていると安心して歌えるかもしれませんね。それはともかく、最後の「請戸小学校校歌」はとても素敵な校歌で、一緒に歌っている方もいらっしゃいました。その歌詞「海近い 平和な土に 厳と立つ われらが母校」の一節は、特に心に刺さりました。
→「請戸小学校校歌」楽譜
午後 震災遺構・請戸小学校の見学
昼食後、二つのグループに分かれ、「道の駅なみえ」からバスで10分ほどの「震災遺構・請戸小学校」を見学しました。実際に津波が押し寄せた高さが外壁に図示されていたり、重たいはずの金庫がその姿を変えるほどに倒れていたり、校舎内のそれぞれの場所で凄惨な姿が残されていました。卒業式の準備を進めていたという体育館の床がべこべこに波打っている様子も肉眼で確認できました。
一つひとつの場所について、元はどういう場所だったのか、ボランティアガイドの女性による丁寧な語りで伝わってきました。そして、校舎の裏側に回ったところで、大震災当日の請戸小学校の子どもたちや教職員たちの動きには見事な連携プレーがあったことがわかりました。目の前に見える太平山への一斉避難で、山の入り口に迷ってしまった時も、小学4年生の男の子が知っていた道に行くことを先生たちがとっさに決断し、誰一人失うことなく、全員が避難できたというのです。
今回、参加された指導者、保護者、そして生徒の皆様の感想をこの記事の一番下に順次掲載して行きます。また、今回のような取り組みは、今後も2回、3回と継続していくことも、指導者の間で検討されているとのことです。
最後にご参考までに、震災遺構・請戸小学校が作成したインタビューサイトをご覧ください。当事者たちのインタビューに心が奪われます。
→震災遺構・請戸小学校公式サイト
指導者の皆様の感想
抜粋でお届けします。
塚本彩央先生(ピアノ科)
コンサート本番の日は生憎の雨でしたが、前日の練習成果を発揮しようと生徒のみなさんが集中してのびのびと気持ちよさそうに演奏している姿が印象的でした。請戸小学校の校歌を演奏した際には、演奏に合わせて校歌を口ずさむお客様がいらっしゃったことが心に残っています。
演奏のあとは、震災遺構となっている請戸小学校に向かいました。震災当日、教員・生徒全員が避難して生き延びることができた奇跡の小学校として語り継がれている小学校です。かつて町の中心にあった請戸小学校。周りはすべて津波によって流され、ポツンと当時のままの姿で小学校だけが残っている光景に大地震、大津波の脅威を感じました。
実際に語り部の方のお話をうかがい、津波の被害の痕跡を目の当たりにすると胸が締め付けられる思いになり簡単に言葉に表現できないものがありました。
震災当時、私は国際スズキ・メソード音楽院に在籍し、松本で暮らしていました。地元である仙台市の様子はテレビを通して知るしか手段はなく、次々と映し出される目を疑うような凄惨な光景に、言葉を失ったことを今も思い出します。両親と連絡がついたのは4日後のことでした。
あれから時は流れ、親になり、震災を知らない娘が、今回、請戸小学校の一つひとつの展示物を見ては真剣な表情で何かを感じとる姿に、今回の合宿を通して様々な面からよい学びになっていると感じました。同時に、震災を知る今を生きる者として、後世に伝えていくことの大切さを改めて考えさせられました。
被災地の復興をお祈り申し上げるとともに、今回のイベントに関わってくださった方々、そしてたくさんの御支援をいただきました世界中のスズキファミリーの皆様に、心より御礼申し上げます。
菅野由美先生(ピアノ科)
足かけ2年にわたり、準備してきました。1回目で、まさに手探りでしたので、少しずつ具体化する中で、本会主催の公式のイベントになったり、配信することになったり…多方面からご支援いただき、無事に開催できたこと、感謝いたします。このイベントのベースにあったのは、長年にわたり、生徒さん方を連れて夏期合宿をなさったり、コロナ禍前は老人ホームで慰問演奏会をしたり、ご自身の演奏活動など、ヴァイオリン科の先生方の積み重ねてこられた経験だったと思います。ピアノ科として、いろいろと勉強させていただきました。
今回、ピアノは会場の大会議室にはなかったので、高等科在籍の中学生2人の生徒は電子ピアノでの伴奏で参加しました。ふだん、なかなかそんな機会がないので、アンサンブルの体験をしたことは貴重でした。最初はなかなかみんなの呼吸を感じられなかったですが、短い練習時間の中で、微妙なリタルダンドの表現も合わせることができて、指導者としても嬉しい驚きでした。そのうえ、プレコンサートとして、ストリートピアノでパフォーマンスもでき、音楽がつなぐ時間や空間を喜びとともに記憶できたことは、大切な思い出のひとつになりました。
生徒たちは、震災を知らない世代がほとんどでしたが、またいつ起こるか分からない災害に対して、生き延びる知恵を学ぶことは生命を守るうえで大切なこと。震災遺構の見学や語り部の方から直接話を聞く…そのことは、コンサート開催と同じくらいこのイベント企画の段階から重要に考えていました。その意図を理解して、みなさんとても真剣な眼差しで、胸に迫る津波被害の傷跡を見つめていました。ご帰宅されてからも、ご家族皆さまで話題にすることで、いざという時役立つ知識になるといいなと思います。請戸小学校の周りは、かつては多くの家が立ち並び、にぎやかな子どもたちの笑い声が響いていたのだと思うと、現在の荒涼とした様子に胸が痛みました。その地域の皆様の気持ちをすべて理解できないとしても、想像して寄り添う気持ちは常に持ち続けたいと思いました。子どもたちも、そうであってほしいと願います。
このイベントは、東日本大震災の折に世界中のスズキの仲間から寄せられた義援金から支援いただいて、実現しました。そんな温かい気持ちを次は他の誰かの元へ…今回の参加者は小学生から、社会人の生徒さんまでいらっしゃり、そんな面からもスズキで学ぶ奥深さを感じ取れる会になったと思いました。
佐々木勲先生(ヴァイオリン科)
当初、「道の駅」でのコンサートということで不安がありましたが、とても良いコンサートだったと思います。
福島県の生徒さんの参加が多かったので田中洋子先生、折笠先生には大変お世話になりました。また菅野先生、塚本先生にはピアノの生徒さんの演奏、お世話を引き受けていただき、飯塚先生、平澤先生には計画の立ち上げ当初から様々な困難を善処していただきました。そして遠路はるばる手伝いに来て下さった関東地区の松永朋子先生、関西地区の宮原正治先生には心から感謝申し上げます。
震災前の写真を見ると、請戸小学校の周辺は多くの住居があったのに、13年も過ぎた今もまだ荒涼とした何もない荒れ地のままで、心が痛みました。私自身、祖父母たちが住んでいた築百数十年もの家が津波で流されましたので、その時の思いがまたよみがえりました。
あの震災の後、音楽家の道を捨てて医師になった人、逆に医師を辞めて音楽の道を志した人の記事が新聞に出ておりました。医学と音楽はともに人の身体と心を救うものなのでしょうね。私たちはありがたいことに鈴木鎭一先生という偉大な先生に巡り会え「どの子も育つ、環境次第」という考えに導かれ、素晴らし仕事をさせていただいています。そうした様々なことを今回のコンサートでまた思いおこしました。
コンサートに関わったすべての方々に心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。
井上弘之先生(チェロ科)
今回の浪江コンサートのような東北各地区の合同行事は、以前、東北大会として演奏会を行なって以来久しぶりのことだったと思います。しかも今までの演奏会と違って前日集合して練習し、宿に泊まり、次の日バスで移動し、道の駅で演奏するという初めてのことだらけの日程で、それぞれの係を担当された先生方は大変だったと思います。改めて感謝申し上げます。
生徒にとっては、地震や津波など東日本大震災の被害を理解する良い機会だったと思いますし、また一般の方々に自分たちの音楽を聴いていただく良い機会になったと思います。今後も今回の経験を元に、新しい試みに挑戦できたら良いと思います。
平澤敦子先生(ヴァイオリン科)
今回は昨年の「ふくしまチェロコンサート」のボランティアキャラバンを土台にして、そこに震災遺構見学、語り部の方のお話、前日練習と肉付けをしていった印象。生徒たちは演奏だけでなく、震災について、あらためて考えるきっかけになった人が多く、この目的は達成できたと思います。
運営としては、先生方がそれぞれに忌憚ない意見を出し合えたことにより、自然に役割分担ができて、うまく乗り切ったと思います。配信の先生方の力はとても大きい。プロ並みの編集と配信力で被災地も喜ばれるでしょう。撮影についてはどこも、好意的に許可が得られました。
遠路はるばる、超多忙なスケジュールの中、当日日帰りの先生も遠距離、車を飛ばしてきてくださった先生もいらっしゃって、感謝の気持ちが大きいです。
今回の意義を考えると、たまたまその場にいた方が足を止めて気楽に聴いてくださる環境が大切だと思います。震災遺構の請戸小学校校歌をプログラムに入れたのはとても良かった。実際に歌いながら笑顔で聴いてくださる方もいらっしゃいました。もう少し現地の方が足を運んでいただくようにするにはどのようにしたらよいか、と個人的に思います。
両日とも大雨で運搬や移動は大変でしたが、震災遺構見学の頃には雨も上がり、涼しくて良かったと思います。次回については、参加者の感想に耳を傾けて、指導者それぞれの反省を活かしてより良いものにできればと思います。
折笠友紀先生(ヴァイオリン科)
都合により、現地へお伺いできませんでしたが、生徒さんも様々な地域のお教室の生徒さんと交流する機会となり、また現地での請戸小学校の見学では、語り部さんのお話がとても印象に残ったそうで、おうちに帰ってから、津波がおうちにこないか心配していたようです。
飯塚 大先生(ヴァイオリン科)
ニュースを見ると、連日のように不幸な災害に関するニュースが流れてきます。こうした情報を目にすると、13年前のこととはいえ、東日本大震災のことを思い出します。同時に、あの時に国内のみならず、世界中のスズキの仲間の皆様から受けた支援もまた忘れることはできません。
私たちが今こうして時間をかけて少しずつ立ち直り、生徒さんたちと元気に活動している姿を映像を通じて世界中にご報告することができれば幸いです。
英語に ”Pay It Forward“ というアイディアがあります。自分の受けた恩恵を、それを与えてくださった方に直接でなくとも、誰かにバトンのように受け渡し、その連鎖を拡げていく行為のことです。本来の形とは少し異なりますが、我々が浪江町を訪れたことがきっかけとなり、その記録をご覧になった皆様が、また被災地を支援することに繋がるとすれは、それは望外の喜びです。
現地には、3歳のお子さんも参加されました。事前にご家族が丁寧に説明してくださっていたのか、震災遺構の請戸小学校を見学した際にはその悲惨な状況を彼なりに理解し、ご家族に抱きかかえられながら疑問点を質問し、さらに理解を深めている姿がとても印象的でした。またそれほどのインパクトが請戸小学校にはありました。
このイベントは今後、宮城、岩手と続けていこうと思っております。また新しい土地で、ペイ・イット・フォワードできればと思っております。