恒例の関東地区新年指導者研究会に、篠崎“まろ”史紀さん、登場!
早野龍五理事長の年頭挨拶
鈴木鎮一先生が敗戦後の混乱する日本の中で松本音楽院を創立され、そして才能教育運動を始められてからちょうど80年という節目の年を迎えました。3月27日には久しぶりにグランドコンサートを開催いたします。このような記念すべき年の新年、こうして皆様とお会いし、そして篠崎史紀先生にお越しいただき、とても嬉しく思います。
突然話が変わるんですけれども、マリア・コリーナ・マチャドさんという女性がおられます。昨年のノーベル平和賞を受賞されたベネズエラの女性リーダーです。
実はそれまで私はマチャドさんを知らなかったのですけれども、彼女が受賞されたことによって、ベネズエラが依然として大変な混乱があること、それから特に子どもたちがかなり難しい状況に置かれているということを世界中が知ることになりました。ベネズエラというのは、スズキ・メソードとも共有すべき理念を持っているエル・システマが設立された国であります。
本会ヴァイオリン科出身の小林武史先生が、現地に長期滞在をされて指導に当たっておられたということも多くの先生方がご存じかと思いますが、エル・システマは、昨年50周年を迎えたそうです。それで依然として混乱が続く現実の中で、ベネズエラは2,700万人ぐらいの人々が住む国だそうですが、実に100万人の子どもたちがエル・システマによって音楽に親しみ、そしていろいろな音楽が子どもたちにとって心のシェルターになっているのだということを改めてユニセフのレポートなどを読んで学びました。
翻って日本を見ますと、幸いなことに戦後、平和の時が続きました。その間に「楽器を学ぶ」ということがお稽古事の一つになって、ある意味相対化されたわけです。鈴木先生が「どの子も育つ」と唱えられ、そして音楽を通じて子どもを育てる、そして社会に、世界に貢献をするという、スズキ・メソードの社会運動の歴史が将来には100周年を迎える、さらには150周年につないでいくためには、今後どんどん若い先生を育て、そしてその先生方に次の世代を託していくということが本当に必要なんだなということを、新年を迎えて考えておりました。本会が100周年を迎えるであろう姿に心を馳せながら、まずは80周年となる3月のグランドコンサートに生かしましょう。先生方に期待しております。
東 誠三会長の年頭挨拶
こうした大きなイベントも大切ですが、私たちに一番大切なのは、日々の一人ひとりの生徒さんへのご指導です。引き続き、この一回一回のレッスンをいかに充実させていくかということに普段からエネルギーを注がれていただければと思います。
そして、一つだけお願いです。先生方の日々のレッスンの中で、一人ひとりの生徒さんに対して、どうやったら先生方のオリジナリティを伝えていくことができるのか、発揮することができるのかというようなことを、非常に漠然としたテーマですけれども、今年は心に留めておいてほしいと思います。こんな時にどうすればいいのか、このようになっているのが私らしいのかどうかを、もし思い出すことがありましたら、お考えいただきながら、日々のレッスンを楽しみながらなさっていただければ、またいろいろな見えてくること、新しい発見があると思います。ですので、そのようなことも少しお願いしたいと思ってお話しさせていただきました。まずは健康です。1年間元気に過ごされますよう、よろしくお願いいたします。
第1部
「音楽は、教えられるものじゃない」
―篠崎“まろ”さんが語る、育ちと音楽の力
関東地区新年指導者研究会の第1部。壇上に迎えられたのは、長年NHK交響楽団のコンサートマスターを務め、日本を代表するヴァイオリニストとして知られる 篠崎史紀先生、通称“まろ”さんです。なんでも、“まろ”さんと呼ばれるようになったのは、小学生時代に写楽の浮世絵に似ているからということで、歌麿→まろというあだ名が定着されたとか。なんだか、昨年話題になったNHK大河ドラマ「べらぼう」を彷彿とさせるエピソードですが、この記事でも“まろ”さんで進めることにします。聞き手は関東地区ヴァイオリン科指導者の青木博幸先生が務めてくださいました。
ヴァイオリンを始めた記憶がない
「よく“どうしてヴァイオリンを始めたんですか”と聞かれますが、正直、記憶がないんです」
そう語る“まろ”さんの幼少期には、すでに音楽と楽器が生活の一部として存在していました。ヴァイオリンは“練習する対象”ではなく、そこに「あるもの」。父親の篠崎永育(えいすけ)さん、母親の美樹さんに「練習しなさい」と言われた記憶もほとんどないといいます。「歯を磨くのと同じで、触らないと気持ち悪い、という感覚でした。やらされている意識はまったくなかったですね」
ちなみに、父の永育さんは、18歳で鈴木鎮一先生の門下生となり、28歳まで松本にいらして、スズキ・メソード草創期のヴァイオリン科指導者として活躍されました。その後、北九州でヴァイオリン教室を開き、「どの子も育つ」を理念に、レッスンを始め、指揮活動も続けてこられましたが、昨年8月、88歳で亡くなられています。
子どもを動かすのは「興味」
“まろ”さんの話で繰り返し語られるのは、「興味」の力。ゴジラ、ウルトラマン、仮面ライダー―子ども時代に心を奪われた対象は、必ず音楽と結びついていました。
「子どもって、興味を持ったことにはものすごいエネルギーを注ぎますよね。逆に、興味がないことを“やりなさい”と言われても、体は動かない」
練習やお稽古という言葉に縛られるより、「何にワクワクしているか」そこを見つけることが、音楽への入り口になると語りました。
マンスリースズキ編集部も、別件で20年ほど前に“まろ”さんにインタビューした際に、スター・ウォーズのダースベイダーの話で大変盛り上がったことを思い出しました。なんでも当時、“まろ”さんのご自宅の玄関を入ると、「2mを越すダースベイダーの等身大のオブジェが出迎えてくれるんだ」と嬉しそうにお話しされていましたね。
海外で知った「正しさは一つじゃない」という感覚
高校卒業後、“まろ”さんはウィーンへ渡ります。言葉も文化も異なる環境での生活は、日本で当たり前だと思っていた価値観を大きく揺さぶられました。「場所が変わると、“正しい”と思われていることが全部違う。日本の常識が、向こうでは非常識だったり、その逆もあるんです」
そんな中で支えになったのが、音楽でした。 「言葉が通じなくても、音楽は通じます。音楽って、人と人をつなぐ“共通語”なんだと、あの時はじめて実感しました」
コンサートマスターは「引っ張る人」ではない
長年、N響でコンサートマスターを務めてきた“まろ”さんですが、そのリーダー像は一般的なイメージとは少し異なります。「コンサートマスターって、誰かを引っ張っていく人じゃないと思うんです。指揮者も同じで、“指示する人”ではない」「大切なのは、一緒に考え、ディスカッションしながら成長していくこと」。「統率しようとした瞬間に、集団は難しくなります。みんなで考える空気ができた時、音楽は一気に前に進みますね」
この考え方は、オーケストラだけでなく、教育の現場や人生にも重なります。
基礎は裏切らない
派手な練習法よりも、“まろ”さんが信じてきたのは「基礎」。「音階とか、基本的な反復です。地味ですけど、あれが“音楽の筋力”になります」
基礎が身体に入っていれば、年齢を重ねても演奏は続けられます。それは若い頃の才能よりも、長い時間を生きる演奏家にとって重要なことだと“まろ”さんは語りました。とても説得力がありました。
緊張は悪者じゃない
本番での緊張についても、“まろ”さんは独特の視点を示されました。「緊張って、脳が一気に集中している状態なんです。悪いものじゃないです」
問題は、集中が持続しないこと。緊張を消そうとするのではなく、「緊張したまま平常心でいる」ことを学ぶ必要があるといいます。 「子どもにも、“緊張しちゃダメ”ではなくて、“どう付き合うか”を一緒に考えてあげてほしいですね」
教育で一番大事なこと
指導について問われると、“まろ”さんは次のように断言されました。「答えを教えるのは簡単。でも、それは教育じゃない」
考える力を育てること。そして、自分の長所を知ること。教育は教えるのではなく、育てることと明言された鈴木鎮一先生の言葉がオーバーラップします。 「長所がたくさんあれば、欠点は個性になります。これは子どもだけじゃなく、大人も同じです」
音楽には、人を生かす力がある
対談の終盤、“まろ”さんは修道院で出会った一人の老人の話を語りました。戦争中に収容所を生き延びたその人物が、音楽によって生きる力を取り戻したというエピソードです。 「音楽には、人知を超える“何か”があると思っています」
国や宗教、立場が違っても、人をつなぎ、支える力。それこそが、自分が音楽を通して伝えていきたいものだと、心に染みるエピソードを静かに語ってくださいました。
この対談で“まろ”さんが繰り返し示されたのは、「音楽は教え込むものではなく、育つもの」という視点でした。子どもを見ること。子どもの興味を信じること。子どもの考える時間を奪わないこと。スズキ・メソードの原点と深く響き合うこれらの言葉の数々は、指導者一人ひとりのレッスンを、改めて問い直す力強いエネルギーを持っていたと言えます。
第2部
ヴァイオリン公開レッスン クライスラー:《前奏曲とアレグロ》
講師:篠崎“まろ”先生
受講生:二神彩雪さん、 ピアノ伴奏:堀佐和子先生
Tea Breakとグランドコンサート実行委員会から、実行委員の紹介および諸連絡の後、ステージは公開レッスンの場面に早変わりしました。課題曲は、スズキ・メソードのヴァイオリン科の研究科Bで学ぶ、クライスラーの《前奏曲とアレグロ》です。
レッスンを受講するのは、現在、ヴァイオリン科指導者を目指す研究生の二神彩雪さん。ご本人による自己紹介をこちらでしておきましょう。
二神彩雪さんのプロフィール
3 歳よりスズキ・メソードでヴァイオリンを始める。現在、守田千惠子先生、糸井マキ先生両氏に師事。全日本芸術コンクールにてヴァイオリン部門銀賞及び第 2 位を取得。スズキ・メソードの世界大会、夏期学校にて、豊田耕兒先生、小林健次先生、渡辺玲子先生、竹澤恭子先生のマスタークラス受講。
さっそく、課題曲を堀佐和子先生のピアノで、演奏。すかさず“まろ”さんから「完璧!」とお褒めの言葉が届きました。
「この曲は“うまく弾く”ための曲じゃない」
レッスンが始まる前、“まろ”さんはまずこう語りかけました。
「この曲はね、“きれいに弾こう”とか、“うまくまとめよう”と思った瞬間に、全部つまらなくなる曲です」
《前奏曲とアレグロ》は、技巧的で華やかなため、どうしても音程・速さ・粒立ち に意識が向きやすい。しかし“まろ”さんは、その意識自体が音楽を平板にしてしまうと指摘されました。
前奏曲では、まず「音楽の呼吸」を作る
前奏曲で繰り返し強調されたのは、「音を並べないで。まず“息”を作ろう」でした。フレーズの頭で“言葉を発するように”音を置く。ビブラートは「揺らす」のではなく、声の抑揚の代わり。和音は“重ねる”のではなく、縦に鳴らすイメージを一瞬で作る。
さらに、“まろ”さんは、「ここはバッハでもベートーヴェンでもない。クライスラーの“芝居”」と語り、様式感よりもキャラクターを前面に出すよう促しました。
音程やボウイングへの向き合い方
細部についての修正は行なわれましたが、“まろ”さんの視点は一貫していました。「直そうとしてるでしょう? それをやると、音楽が止まる」という指摘です。
音程は「当てにいかない」、ボウイングは「考えてから動かさない」、指も弓も、音楽の流れに“乗せる”だけ。技術的な指摘も、「ここはこう弾く」という答えを示されるのではなく、「どういう気分で弾いてる?」という問いかけとして投げかけられていたのが印象的でした。
アレグロは怖がらないこと
アレグロに入ると、“まろ”さんははっきりと言いました。「この曲で一番いけないのは、安全運転」。多少荒れてもいい。多少音が割れてもいい。大事なのは、エネルギーが前に出ているかどうかという指摘。「クライスラーは、転ぶかもしれないスピードで書いてるんです」
テンポを抑えてまとめるより、「行ってしまう勇気」を持つこと。それが、この曲の本質だと語られたのです。
練習の話は、ほとんど出てこない
興味深いのは、この公開レッスンの中で、「どう練習するか」という話がほとんど出てこないことでした。代わりに語られたのは、
・どういう性格の人が弾いているか
・今、どんな気分でステージに立っているか
・この一音で「何を言いたいのか」
という、演奏者の内側に関わる話でした。「練習方法は、あとから勝手についてきます。先に決めるのは、何を伝えたいかです」
受講生へのメッセージ
レッスンの終盤、“まろ”さんは二神さんに向けて、静かにこう語りました。
「あなたは、ちゃんと音楽を持っています。だから、守らなくていい」。正確さや完成度ではなく、音楽が前に出てくる瞬間を信じること。このご指摘は、今回の公開レッスンの核心とも言える内容でした。
指導者への示唆
この公開レッスンは、単にクライスラーの解釈講座ではなく、指導者にとっても明確なメッセージを含んでいたと言えそうです。
・直す前に、まず聴く
・答えを与える前に、問いを投げる
・安全な演奏より、意味のある演奏を選ぶ
・音楽は“作るもの”ではなく“立ち上がるもの”
「音楽は、コントロールした瞬間に死にます」という“まろ”さんの言葉は、演奏にも、教育にも、そのまま当てはまるものでした。
二神彩雪さんの感想
また、自分には足りない部分も見つけることができました。ピアノ伴奏のハーモニーの色も考えながらヴァイオリンの表現を変えていく、という部分は新しい気づきでした。これからは一人で練習するときも伴奏のハーモニーの上にヴァイオリンの旋律を乗せていく練習をしていきたいです。
スズキ・メソードでは小さい子から大人まで、多くの人が音楽を学んでいます。指導者を目指す身として、常に楽しいレッスンができる指導者になりたいと思いました。技術をどのくらい高めるかではなく、音楽で自分をどの程度表現できるかが重要なのではないかと感じています。これからもたくさんのことを経験し、吸収して良い指導者を目指していきたいです。今回このような貴重なレッスンの機会をいただき、ありがとうございました。
特別演奏
ヴァイオリン:篠崎“まろ”史紀
ピアノ:東 誠三
新年指導者研究会の最後は、“まろ”さんと東会長とのデュオ演奏でした。以下の曲を演奏されました。
・ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ第4番ニ長調より第1、2楽章
・レハール/まろさん編曲:喜歌劇「メリー・ウィドウ」より「バルシネーレン・ワルツ」(舞踏会の妖精たち)
・ジーツィンスキー/まろさん編曲:ウィーン我が夢の街
ヘンデルのソナタ第4番は、ヴァイオリン科指導曲集第6巻でお馴染みの曲。レハールの「バルシレーネンワルツ」は、彼の代表作であるオペレッタ「メリー・ウィドウ(陽気な未亡人)」の名旋律を凝縮した演奏会用のワルツで、オーケストラ作品として独立して演奏される機会の多い名曲です。一方、ポーランド系オーストリア人のジーツィンスキーの「ウィーン我が夢の街」は、ウィンナ・ワルツのリズムに乗せて、ウィーンへの深い愛情とノスタルジーが歌われ、ウィーン・フィルもよく演奏する定番曲です。
レハールとジーツィンスキーは“まろ”さんの編曲によるものですが、編曲版の楽譜をかつては出版される(残念ながら、現在は絶版中)など、ウィーンへの留学経験から得た深い造詣を活かした素敵な作品に仕上がっていました。この日の演奏でも、「ウィーンの香り」や「舞踏会の空気感」をふんだんに織り込みながら、ボウイングや装飾音などに印象的なこだわりが随所に感じられました。まさにニューイヤーの幕開けに相応しい場となったわけです。東先生のピアノ演奏も、欧州での暮らしをされてこられただけに、かの地の雰囲気を存分に醸し出されていました。
そういえば、今も銀座王子ホールで人気の「MAROワールド」で、かつて聴衆にワインを振る舞いながら、ステージでウィンナワルツのステップを実演された“まろ”さんの姿を、この日の演奏から思い出すことができたのも偶然ではないでしょう。
大変贅沢なプログラムであっという間の2時間で、新年指導者研究会は終了となりました。
最後に、読者の皆様にお年玉です。この日の研究会では、“まろ”さんと東会長の「番外編プロフィール」が配布されていました。実行委員会のアイデアの卓越さと、受けてたたれたお二人の度量の深さ、そしてなりよりも抱腹絶倒、興味津々のお二人の文章に、心もほっこりしてきましたので、皆様にもお裾分けです。