2026年1月25日(日)に開催された「愛に生きるから学ぶ 東会長を囲んで」の様子です。
80周年を迎えたスズキ・メソードの今後のイベントなどについて、東 誠三会長からお話をいただいた後に、鈴木先生のご著書「愛に生きる」を題材に、いろいろとお話をいただきました。後半には、ご参加の皆さんからのご質問にも答えていただきました。

 

「愛に生きる」から学ぶ 東会長を囲んで

 

東会長 今回、私は「愛に生きる」を手に取りながら、鈴木鎮一先生が何を考え、何を伝えようとされたのかを、皆さんと一緒に辿ってみたいと思います。この本は1966年に初版が出てから、60年近く読み継がれ、昨年ついに100刷を超えました。教育関係の本として、これは本当に特別なことです。それだけ多くの人が、この本に書かれている考え方に支えられてきた、ということだと思います。
 
 「愛に生きる」の89ページをご覧ください。「心を込めて繰り返す妙味」というところです。ここで、鈴木先生が繰り返し語っておられるのは、「能力は生まれつきではなく、繰り返しの中で身につくものだ」ということです。

 私たちは普段、日本語を話したり、歩いたり、お箸を使ったりしていますが、これを「努力して身につけた能力だ」と意識している人はほとんどいません。でも、赤ちゃんの頃を思い出せば、何度も転び、失敗し、繰り返しながら、少しずつできるようになってきたはずです。「楽にできる」という感覚があるなら、それはすでに能力として身についている証拠なんですね。
 
 実は、楽器の演奏もまったく同じです。
 音の高さとリズムを再現できるようになった段階で「弾けた」と思い、次々と曲を進めていく。これはよくあることです。でも鈴木先生は、そこに強い警鐘を鳴らしています。音は並んでいるけれど、心が伝わらない。努力はしているのに、音楽として何も届かない。そういう演奏が積み重なると、「救いようのない平凡な演奏」になってしまう、と。
 
 では、どうすればいいのか。鈴木先生が示されたのは、「1曲を徹底して育てる」という考え方です。毎日繰り返し、しかも良い演奏を聴き続けながら、「もっと立派に」を目指す。ただし、これは回数をこなせばいい、という話ではありません。同じことをただ繰り返しても、そこに音楽的な工夫や感性が伴わなければ、能力は育ちません。音を出しながら、自分で聴いて、感じて、判断する。その積み重ねが大切なのです。
 
 鈴木先生はこれを、大自然の営みに例えています。
種を土に埋めても、すぐに芽は出ません。でも、目に見えなくても、種はその瞬間から変化を始めています。焦って掘り返してはいけません。水をやり、光を与え、待つことが必要です。人の能力も同じで、毎日の稽古やレッスンの中で、少しずつ、確実に育っていく。芽が出るまで時間がかかることもありますが、それでも必ず変化は起きているのです。

 
 音楽を学ぶということは、単に楽器が弾けるようになることではありません。音を通して何かを伝えようとすること、相手の心に届く音を探し続けること。それが習慣になったとき、初めて人間教育になる。鈴木先生が目指されたのは、まさにそこだったのだと思います。
 
 音楽は形がなく、触れることもできません。でも、耳を通して、確かに心に届く。答えのないものを探し続ける世界です。一人ひとり違う答えがあっていいし、それが誰か一人に伝わっただけでも、十分に価値があります。だからこそ、音楽の世界は深く、豊かで、そして自由です。皆さんと一緒に、その世界をこれからも探し続けていけたら嬉しいですね。
 


 それでは、質問に答えるコーナーです。
 今回は、事前に届いていた質問から、次の二つにお答えいただきました。
 
Q1:先生は、お稽古したくない日もありますか? そういうときはどうしていますか。私は、曲が弾けると楽しいけれど、練習はあまり好きではありません。早く「アレグロ」が弾きたいです。(5歳児)
 
東会長:正直に言うとね、練習をしたくない日はありました。昔だけではなくて、今でも「今日はやりたくないなあ」という日はあります。では、そんな時はどうしているかというと、とにかく始めてみるんですね。ピアノなら楽器のところまで行く。ほかの楽器ならケースを開けてみます。練習って、実はそこが一番大変で、そこが一つの“境目”です。でも、その境目を越えてしまえば、「あれ、意外とできるな」ということも多いんです。
 
 それから、全部できるようになってから喜ぶよりも、「ここまで弾けた」「この音がきれいだった」それだけで、もう十分。10秒ごとに喜んでいいんです。おうちの人がいたら、10秒ごとにハイタッチでもいいですね。「アレグロ」はね、確かにいい曲です。弾けるようになると楽しい。でも、そこに行くまでの一音一音を喜ばないと、続かない。少しできたら、それをちゃんと喜ぶ。それが、練習を「前に進める一番のコツ」だと思います。
 
Q2:「愛に生きる」が書かれた60年前と比べて、今は習い事や選択肢がとても多い時代です。その中で、音楽に時間やエネルギーを注ぐには、どんな心構えや工夫が必要でしょうか。また、2歳児の姉妹の練習方法についてもアドバイスがあれば教えてください。
 
東会長:確かに、今は60年前とはまったく環境が違います。選択肢が多いというのは、ある意味とても贅沢な悩みですね。その中で、音楽、特に楽器の個人レッスンの大きな価値は、マンツーマンで人と人が向き合う時間にあると思っています。これは言葉の量の問題ではありません。一つの生命と一つの生命が向き合う、そのエネルギーのやりとりなんです。
 

 小さな子どもでも、そのやりとりは確実に受け取っています。週に1回、たとえ短い時間でも、「自分だけを見てくれる大人」と音を通して関わる体験は、他ではなかなか得られません。それから、合奏の経験も大きいですね。音楽は指だけでやっているわけではなくて、呼吸も、鼓動も、身体全部を使っている。それを人と一緒に体験するというのは、本当に豊かなことです。
 
 2歳のお子さんの場合は、すぐに結果を求めないことです。球根のようなものだと思ってください。しばらく何も起こらないように見えても、中ではちゃんと変化が起きています。焦って引っこ抜かない。「まだかな」「遅いな」と思っても、栄養を与え続ける。音楽は、いつ、どんな形で役に立つか分からない。でも、確実にその人の中に残っていきます。だからこそ、できる範囲で、無理をせず、「続けている」ということ自体を大切にしていただけたらと思います。


以上で予定の時間となりました。ご参加の皆さん、ありがとうございました。
この日の内容を収録した動画は、後日配信される予定です。情報が入り次第、このページでその内容をお知らせします。お楽しみにお待ちください。