東京大学との共同研究を英国の老舗脳科学雑誌「Cerebral Cortex」で発表!

 
 早野龍五会長の新春メッセージでも喜びの声が聞かれた東京大学酒井邦嘉研究室との共同研究「脳科学が明らかにする言語と音楽の普遍性」。まずは、12月23日(木)に東京大学が発表したプレスリリースをご覧ください。下のPRESS RELEASESをクリックするとご覧いただけます。
 

 
 
 そして、論文そのものは、12月29日より、下記のサイトからオープンアクセスとしてお読みいただくことができるようになりました。全編英語ですが、がんばってトライしてみてください。
 

 
 
 

 
 この共同研究のスタートは、2016年後半から。5年の月日の間、マンスリースズキでは折に触れて、研究の動きを紹介してきました。
  →2017/1/1 共同研究、狙いと意義
  →2017/2/1 共同研究スタート記者会見&毎日メディアカフェで対談
  →2017/3/1 共同研究音源作り
  →2017/10/1 共同研究、続報
  →2017/10/12 毎日メディアカフェ鼎談記事
  →2018/7/1 脳科学の専門誌に相次いで登場
  →2019/6/1 酒井邦嘉先生の新刊書
  →2020/6/1 東大との共同研究、第2段階へ


 

記者会見中の酒井邦嘉先生(左)と
早野龍五会長

 2021年12月24日(金)、英国で歴史のある脳科学の学術誌「Cerebral Cortex(大脳皮質)」に論文が掲載されたことを受け、才能教育研究会東京事務所のある品川のオフィスビルで記者会見を実施。早野龍五会長と東京大学の酒井邦嘉先生、さらにはピッツバーグ在住の論文共同著者で調査音源の制作にも携われた宮前丈明先生にもオンラインで参加していただき、正式に研究成果を発表しました。

発見のポイントは以下の通りです。
・ヴァイオリンなどの楽器を5歳頃より習得してきた中高生は、9歳以降に習得を始めた楽器経験者や未経験者と比較して、音楽判断に対する脳活動が活発になります。
・楽器演奏に必要な、音の高さ(音程)はもちろん、テンポ、強弱、アーティキュレーション(例えばレガートで吹く、マルカートで演奏する、クレッシェンドで弾く、といった複数の音の抑揚)という4つの条件について、音楽的な判断を司る脳部位が異なることがわかりました。興味深いことに、半分の刺激にはエラーがありますが、半分の刺激ではまったく同一の正しい刺激なのに、テンポに注目するのか、強弱に注目するのか、という聴き方の違いで、必要とされる脳部位が異なることがわかりました。
・それぞれの脳部位の活動パターンから、音楽における脳の使い方が言語と共通していることがわかってきました。
・スズキ・メソードは、「母語教育法」と言われるように、母語の自然な習得にヒントを得て、その考え方を鈴木鎮一先生が楽器の演奏に応用したものです。誰でも母語を習得できるように、それをうまく応用すれば演奏は誰にでもできると考え、理想的な教育を目指して、スズキ・メソードを確立しました。今回、スズキ・メソードの有効性が最新の脳科学によって初めて裏付けられたことになります。
  
3つの群を対象に。
 総勢12~17歳の総勢98名を3群に分けて調査しました。大半が15歳です。
①Suzuki群(S群)スズキ・メソードの生徒で、ヴァイオリン前期中等科(ヴィヴァルディの協奏曲イ短調)以降の生徒33人
②Early群(E群)東京大学教育学部附属中等教育学校の生徒で、8歳以前に楽器習得を始めた36人(35人がピアノなどの鍵盤楽器をスズキ・メソード以外で習得)。楽器の開始年齢は平均で5歳頃で、Suzuki群と同じでした。中にはオーケストラの楽器を経験した生徒もいました。
③Late群(L群)同じく附属中の生徒で、9歳以降に楽器習得もしくは未経験者29人
 
音源として用いたのは、宮前丈明先生のフルート独奏による楽曲。

バッハ:メヌエット第2番

 特定の楽器経験によらず、音楽としての響きを単旋律で判断してもらうことが狙いです。以下の3曲を調査開始の1週間前から、それぞれ3回ずつCDで聴くよう指示しました。
①バッハ:メヌエット第2番(ト長調)
②フォーレ :シシリエンヌ
③フランク:ヴァイオリンソナタ冒頭部
 調査方法は、15秒間楽曲を聴いて、音の高さ、テンポ、強弱、アーティキュレーションの中から決められた一つの観点で、不自然な箇所(音楽的なエラー)があったかどうかをボタン押しで回答するもの。この課題を行なっているときの脳活動をfMRI(機能的磁気共鳴画像法)で測定しました。100名もの生徒を対象とした大規模なMRI調査となりました。
 バッハのメヌエットの楽譜をご覧ください。Aがノーマル、Bは音の高さにエラー部分があります。Cでは、テンポが急に速くなっているところがあり、Dでは、音の強弱に不自然なところがあります。Eは楽譜通りですが、抑揚がなく平板な演奏を不自然だと判断するものです。
 
Suzuki群の正確さが明らかに。
 結果として、Suzuki群(S群 棒グラフの赤)がすべての課題で最も正答率が高く、Early群(E群 棒グラフの緑)とLate群(L群 棒グラフの青)には差があまりないことがわかりました。例えば、Pitch(音の高さ)条件は比較的簡単で、ほとんどが9割以上正解する中、Suzuki群は満点に近い正答率でした。開始年齢でこれらの差を説明することはできません。なぜなら、Suzuki群とEarly群の開始年齢は、ほぼ同じに揃えたからです。

 一方、各群のこれまでのレッスン時間と家での練習時間を合計して、平均値で比較すると、Suzuki群は3,900時間、Early群は2,400時間、Late群は720時間です。Early群とLate群で正答率にほとんど差がないことから、Suzuki群の正確さは練習時間だけで説明することができません。練習時間が原因なら、Early群とLate群でもっと大きな差が生まれたはずだからです。また、全体的に8割程度の成績ですから、いわゆる「天井効果」で差が見えにくいということもありません。したがって、Suzuki群の正確さはスズキ・メソードの賜物だと考えられるわけです
 
音楽の脳活動が明らかに。

   脳活動が示す音楽判断条件の違い

 これまでの脳科学では、脳における音楽の神経基盤はよく分かっていませんでした。音の三要素(高さ、強さ、音色)や、音楽の三要素(メロディ、リズム、ハーモニー) が脳のどのような情報処理に対応しており、脳のどの部位によって担われているかについては定説がありません。また、そうした音楽に関係する脳機能が、楽器演奏の習得経験によってどのように異なるかも不明のままでした。
 それが、今回の調査でかなり明らかになりました。3群の違いや、4つの条件のいずれかに選択的な脳活動の上昇が見られたのです。
 右の図は、(A)音の高さ、(B)テンポの速さ、(C)音の強弱、(D)アーティキュレーションのそれぞれで、左脳(左側)と右脳(右側)のどの領域が反応したかを赤の濃淡で可視化したものです。
 (A)音の高さの判断では、3群ともに共通して、聴覚野(黒丸の部分)が活動しました。黄色い丸の部分が、Suzuki群とEarly群に共通して見られる部分ですが、音楽経験が乏しいLate群では黄色の部分がありません。Late群では音の高さの判断に必要な部分には最低限反応するが、音楽的な部分に関しては、あまり反応しないことがわかります。メロディーの変化が違和感をもたらすように、音楽経験が脳の反応を高めることがわかりました。
 (B)テンポの判断では、Suzuki群のみに顕著な活動が現れ、特に右脳が敏感に働いています。スズキ・メソードによって、テンポに対する「センス」が鋭敏になることが、脳活動からわかるのです。
 (C)強弱の判断では、Suzuki群で右脳の感覚運動野付近に限られた活動が現れたのに対し、Early群とLate群では、言語野など、左脳と右脳の両方で活動が見られました。 
 (D)アーティキュレーションの判断では、3群ともに左脳のブローカ野(言語の「文法中枢」を含む)周辺に活動が見られ、それは音楽経験に関係しないことがわかりました。さらにSuzuki群とEarly群に共通して、右脳の対応部位に補助的な活動が出ていますが、これは音楽経験によるものです。 
 このように音楽と言語で共通した脳機能が確かめられ、音楽経験による違いも同時に明らかになりました。
 
学校教育にも一石を投じる結果。
 今回の科学的な調査による社会的な意義についても、記者会見で発表しました。
 まず、聴覚野や言語野は、音楽経験によらず特定の音楽判断に選択的な活動を示すことから、言語と音楽に共通した普遍的な働きがあると考えられます。 そうすると、国語や英語と同時に音楽を習得することの相乗効果が期待され、その可能性は「言語の自然習得」という考え方と合致します。
 母語は「教えて育つ」のではなく、「自ら育つ」ものですから、子どもたちは第二言語や音楽であっても、自在にその能力を発揮できるのです。これは決して「訓練」ではなく、その子の持っている自然な能力を引き出すものとして、大切な意味があります。 このようなスズキ・メソードの価値は、現在の学校教育に一石を投じるものです。 
 
 記者会見では、論文共同著者の1人であり、フルート科特別講師として今回の音源を録音し、さらには、ピッツバーグ大学の精神科講師でもある宮前丈明先生からもメッセージをいただきました。  

宮前丈明先生からのメッセージ
 今回の研究成果について、私なりの意義を3点、お話します。
①母語の習得過程をモデルケースとして体系的に指導法を発展させたスズキ・メソードが、人間の脳の機能的基盤から言っても、人間の自然な習得方法であることが今回わかりました。その点で重要な一歩となる論文です。このメソードが全世界に受け入れられている理由が、今回、科学的に明らかになりました。
②人間が本来持っている能力(A)と、音楽トレーニングによる脳の可塑性で得られる能力(B)の両方が、今回初めて確認できました。AもBも、音楽に関する能力ですが、言語の習得、文法、読解の能力との関連も示唆できたことも重要な一歩です。
 スズキ・メソードで「才能は生まれつきではない」と言うときは、可塑性の能力(B)を指しています。酒井先生が師と仰がれるノーム・チョムスキーは「言語生得説」を提唱していますが、これは生得的な能力(A)のことであり、両者は矛盾がなく共に発展していけると思います。
③今回は、単旋律のメロディを参加者に聴いてもらいました。音の高さ、テンポ、強弱、そしてアーティキュレーションについての認知活動をうまく抽出できるような音源を作ることができ、データ解析の方法も非常に斬新なアプローチだったと思います。音楽の脳科学の研究分野からも斬新でした。成果として、音楽の基本的な要素に対する脳活動が見られましたし、音楽のフレーズといったアーティキュレーションについても、言語で言えば子音と母音などのつながりと同様に、それぞれの性質と関連性がはっきりしてきました。おそらく高度な認知機能を使っていると推測されていたものが、今回きちんと捉えられたことになります。
 fMRIの手法が開発されてから約30年、いろいろなアプローチがなされてきましたが、今回のアプローチは斬新です。我々の論文が脳科学雑誌に出版されることは、音楽の脳科学のさらなる発展に大変重要な意味を持つことでしょう。

酒井邦嘉先生にインタビュー

 マンスリースズキ編集部では、12月28日に改めて酒井邦嘉先生からお話を伺うことができました。この日は、新たに始まる第2弾の調査について、すでに数回目となるスズキ・メソードの指導者との最終の打ち合わせ直後でした。
 
■今回、掲載されたイギリスの専門誌Cerebral Cortexは、どんな雑誌でしょうか?
 

Cerebral Cortex創刊号を手にされる酒井先生

  これは1991年に創刊された歴史ある脳科学の学術誌で、もう30年になります。創刊の頃、私は博士課程で脳研究に打ち込んでいたので、個人的にも思い入れのあるジャーナルです。出版社はイギリスのオックスフォード大学出版局ですが、拠点はアメリカのイェール大学の神経生物学部門にあって、神経科学を専門とする研究者がいつも目を通す雑誌です。宮前丈明先生も複数回投稿されているそうですし、私は3度目の掲載になります。

  科学者の仕事というのは、論文を発表することで、研究の成果を世に出したことになります。学会で発表した内容は内輪のものですから、学術誌の厳格な審査を通った論文を書いて初めて、世に問うわけです。多くの人が読む学術誌ほど審査も厳しく、名前を明かさない複数の査読者が忌憚のない意見を出し、それに一つひとつ答えることで、記載した内容が他の人でも再現できるように論文の精度を磨き上げていきます。問題の背景や設定、そして結果が示すものに対して十分な議論を尽くしているかどうか、つまり論文としての完成度が問われるわけです。 
 
■引用数は気になるところですか?
 
 世間的には、それが評価につながるということがあるようですが、私はほとんど気にしないようにしています。作曲家の作品と同じで、世評は自分でコントロールできるものではないからです。今回はすでに海外からも反響があり、例えばスウェーデンの研究者から「30年来待ち望んだ結果だ」とのメールも届いています。 
 良い論文の中には、最初はあまり注目されず、じわじわと評価されていくものもあります。時流に乗ればすぐに評価が得られるでしょうが、真に革新的な論文は、保守的な人たちになかなか受け入れてもらえないものです。
 この論文は、すでに私たちの手を離れました。今日、スズキ・メソードの先生方と次なる調査の打合わせをしたように、頭の中はすでに次の段階へ切り替わっています。
 
■共同研究、5年目です。ステップ1が終わった今の心境はいかがですか?
 
 これまで調査に協力してくださった生徒のみなさん、スズキ・メソードの先生方やスタッフの方々に感謝を申し上げたいと思います。成果を長く楽しみにしていただいた皆さまに論文を届けることができて、とても嬉しく思います。
 調査はコロナ禍前に終わりましたが、その後はデータ解析と論文執筆という孤独な作業を長く続けてきました。論文として投稿してからは、辛辣な批判に耐え、科学の論文を出す上での産みの苦しみを何度も味わいました。今回は特に審査待ちの時間が長く、最後の最後まで忍耐力が必要でした。この仕事は精神的に図太くないと持ちこたえられませんね。 
 
■現在は、オンラインで公開ですが、ゆくゆくは印刷物にもなるのでしょうか。
 
 はい、近々誰でも無料で読める「オープンアクセス」になります(編集部註:インタビュー翌日から解禁)。最近はオンライン版のみの学術誌も増えて来ましたが、この雑誌は印刷物になります。ただ、半年分くらいの論文が出版待ちの状態なので、印刷まで数か月はかかるでしょう。 
 
■今進めていただいている共同研究は、山登りで言うと、何合目になるのでしょうか。
 
  論文が出たことで、最初の山頂に立ったという思いでいます。そして次の山を目指して、準備しているところです。今後、もっと高い山が周りに見えてくると思いますし、その景色を見るためにも、山の頂に登ってみないとわからないでしょう。まずは、今回の成果をきちんと皆様にお届けし、意義のあるものであると喜んでいただきたいですね。
 
■早野会長に、「今回の研究成果をどのようにスズキの活動に役立てていかれますか」お尋ねしたところ、「それはとても悩ましい質問です。この結果をもとにスズキの優位性を喧伝していきたいところです。一方、科学者としては、この一つの論文を過剰に敷衍することは避けねばならないと思っています。この論文は第一歩。今後さらに研究を積み重ね(理想的には、私たち以外の研究者による検証を経て)スズキ・メソードによって楽器演奏だけでなく、さまざまな「才能(能力)」が育つことを明らかにしたいものだと考えています」とお答えになりました。これについて、酒井先生はいかがですか?
 
  科学者として本当に素晴らしいお言葉だと思います。このように謙虚な姿勢で、一つの仕事を次につなげていくことが大切だと思います。今回の研究に世界中の脳科学者や音楽教育者が勇気を得て、スズキの生徒さんの能力の高さをいろいろな形で検証していくことにつながればと思います。新たな切り口を示すことは第一歩に過ぎないかもしれませんが、それをきっかけとして新たな分野の開拓が始まるのなら、それは大きな一歩だと言えるでしょう。たとえば、2021年のノーベル物理学賞を受賞された真鍋淑郎先生は、まだ地球規模の大気のシミュレーションなど誰も思いつかないときに、いち早くコンピュータを使って気候変動の予測をされました。その研究がその後の発展に対する第一歩になったのです。 
 今回の研究では、4つの音楽的な要素が特定の脳機能に対応するいう切り口を新たに提示しました。今までは、メロディ、リズム、ハーモニーという音楽の三要素に対して、科学的な裏づけがなかったのです。しかも、音楽を聴いているときには脳中が活動する、といったごく当たり前のことしか報告されていませんでした。「音楽」の背後にある「目に見えないもの」を明らかにするような研究をしたいと最初から願っていましたので、それが実現したのは大事な一歩だと思います。 

 
■今回の研究成果は、世界中のスズキの関係者や研究者の「羅針盤」になったと思いますし、鈴木先生がおっしゃっていたことの大きな後押しになったような気がします。世界中の皆さんが共同で研究し合う日が来ることを予想したのですが、いかがですか?
 

時間を見つけてはヴァイオリンでモーツァルトの協奏曲を、
フルートでバッハの無伴奏を吹かれる

 それが実現できたら、一番嬉しいことですね。これまでの教育学や心理学に加えて、脳科学は「才能」に対する想像力を豊かにしてくれると思うのです。生徒さんの演奏や理解度などは把握できても、そのお子さんの脳がどのように成長しているかは、今までまったくわからなかったわけです。今や、音楽の表現に対して脳がどのように反応し、その変化を定着させていくかが目に見えるようになってきました。このことが共有されれば、教育学者や心理学者も大きな関心を寄せてくださるでしょう。
 そうすると、スズキ・メソードの本質を多くの人が再認識できます。そこに光を当てた研究によって、今後さらに深掘りできることでしょう。早野先生がおっしゃるように、海外でこの研究結果が確かめられ、さらに深まっていくことに期待しています。
 私は鈴木鎮一先生にお会いできなかったのですが、母語教育法のことを一番に聞いてみたかったですね。才能は生まれつきではありませんが、誰もが持つ生まれつきの能力もあって、それがまさに母語なのです。この点で音楽は私の言語研究と相通じるところがあります。
 もし今回の研究成果を鈴木先生に報告できたら、「あぁ、音楽はやはり人間の言葉だったんですね」とおっしゃっていただけるのではないかと、勝手に想像しています。 
 
■教育に一石を投じるという社会的意義が、とても共感できます。教育現場の人たちに早くお知らせしたいところです。
 
 学校では音楽は他の教科とかけ離れたもののように思われがちですが、本当にそうでしょうか。スズキ・メソードで音楽が身につくなら、英語も同じように耳から覚えれば良い、となぜ考えないのでしょう。私たちは自然に母語を話しているのに、英語となると「訓練」のように上から目線で教わってしまうのはなぜでしょう。

下から5行目くらいに「音楽のネイティブスピーカーだ」の
表現を追加した

 この研究成果は、そうした教育界に発想の転換を強く迫ると思います。試験の対策のためではなく、その子の才能を引き出し、伸ばし、育てていくことが真の「教育」です。そこに王道はありません。スズキ・メソードでは、いくつもの段階を経た後に、モーツァルトの協奏曲が位置づけられているわけです。喃語から初語、そして二語文という言葉の発達も同じですね。 
  論文を改訂する最終段階で、「スズキの生徒さんは、理想的な音楽のネイティブスピーカーです」という表現を加えました(第2ページの左上あたり)。これは査読者から「今回なぜスズキの生徒を調査したのか」という問いへの、私なりの答でした。
 
■MRIの調査を開始される2017年に、酒井先生は「一芸を極めれば何でもできるようになるのです。この奥義を科学的に裏付けたいと私は考えています」とおっしゃいました。
 
 多くの親御さんは、わが子をバランス良く育てたいと考え、「ヴァイオリンばかりやっていると、勉強がおろそかになる」と心配するわけですが(私の親もそうでした)、そうした不安は一掃したいですね。一芸を極めることによって、王道はないことを知り、最後まで諦めないことや自分を磨くことの大切さがわかります。他のことにも通用するような、そうした「知恵」が得られることが大きいのです。わかりやすくいうと「人間力」が高められるわけです。
 新しい仕事に向き合うとき、「ここでめげていてはダメだ。一足飛びには無理でも段階を踏めばできるはず。そのために良い先生やコーチを探そう」、といった思考法が功を奏します。そうした心構えを身につけていれば、どんな職業にもつけることでしょう。これが鈴木先生のおっしゃった「全人教育」の理想でもあります。
 こうした奥義は、脳に備わる才能や好奇心、そして意欲や情熱とも関係しています。 ですから、これは脳科学から科学的な裏付けができる問題だと考えます。
 
■次の山は、どんな山になりますか?
 
  今度は、ピアノ科の生徒さんを対象として、スズキ・メソードを正面から取り上げてみたいです。新しい曲はどうやって習得したら良いか。耳で覚えるのがいいのか、楽譜で入るのがいいのか。果たしてそのときに脳ではどんな変化が起きているか。そうして日々の練習の仕方にまで踏み込みたいと考えていますが、その山の頂は相当高そうです。皆さんのさらなるご協力をお願いしたいと思います。今日はどうもありがとうございました。