機関誌に2020年夏から連載していたオーストラリア在住のヴァイオリン・ヴィオラ科指導者、ロイス・シェパード先生のご著書「鈴木鎮一先生の思い出」の連載を、今月からマンスリー・スズキで継続することになりました。そこで、これまでの連載記事を初回から遡って掲載します。
 まず、この本の概要を、関西地区ヴァイオリン科指導者の松本尚三先生が紹介してくださいます。
 

ロイス・シェパード著
「鈴木鎮一先生の思い出」について

 
 オーストラリアのヴィクトリア州は、スズキ・メソードが盛んな地域です。州都メルボルンでは、日本の夏期学校と指導者研究会を兼ねたようなフェスティヴァルが毎年開かれ、オーストラリア全土から大勢の生徒と先生が集まります。2009年には世界大会も開催されました。日本のスズキとの交流が長く続けてこられ、先生方の研究心は日本に勝るとも劣りません。ヴィクトリア州でスズキ・メソードが高いレべルで美しく花開くに至ったのは、この地に最初に種を蒔いた人によるところが大きいと思われます。その方がロイス・シェパード先生です。

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 ロイス先生は2012年に「Memories of Dr Shinichi Suzuki」を書かれました。この本は自伝であると同時に、鈴木先生の伝記にもなっています。スズキ・メソードの真髄を求めて海を渡って来られた方の熱い思いと、遠近感に富んだ視点は新鮮です。筆致は時に具体的、時に大局的で、ありのままの鈴木先生の横顔を知ることができますし、スズキ・メソードの理解をリフレッシュさせるようなヒントもあります。鈴木先生から直接学ばれた方の回想録でこのようにまとまったものは国内でもないでしょう。私は常々、この本に書かれていることは、今の日本のスズキにとって、とても有益であるように思っておりましたので、機関誌に連載されることになり、嬉しく思っております。また、今回より、マンスリースズキに掲載場所を変更し、最初から再度掲載されることになり、より多くの方々にお読みいただけることになりました。
 翻訳は、ヴィクトリア州のスズキゆかりのパタソン真理子様、市村旬子様、フィッシャー洋子様、そして私もお手伝いをさせていだくことになりました。鈴木先生に直接習った経験をお持ちでない会員の皆様や先生方には、ぜひお読みいただきたいと思っております。

関西地区ヴァイオリン科指導者
松本尚三

今月は、「序章」を掲載します。第2章以降は来月以降の掲載になります。
 

1  序章

 
 鈴木鎮一先生は、音楽を学ぶことは言語を習得することと同じである、といつもおっしゃっていました。母国語を話せる子どもは、何でも学ぶ能力があると。
 
 時の流れとともに、その教えであるスズキ・メソードは、世界中で学ばれるようになり、今も変化し、成長し続けています。これはまさに鈴木先生が望んでおられたことでしょう。しかしながら、現代の子どもたちや教育者は、実際に鈴木先生に会ったことがないため、個々に鈴木鎮一というイメージを作り、それは、ただの名前「スズキ」という単語、もしくは個性の感じられない切り取られた型紙、あるいは神のような存在となりつつあります。
 神のような存在などと聞けば、鈴木先生はきっと笑い飛ばすことでしょう。
 1970年に鈴木先生は勲三等瑞宝章を授与されました。首からかけるリボンの付いた黄金に輝くメダルを受け取られた先生を、天皇は「人間国宝」と讃えました。
   先生は、日本のみならず、海外でも数々の名誉な賞を受賞されています。アメリカ合衆国においては、イーストマン音楽学校のローチェスター大学、オベリン大学、クリーブランド音楽大学の名誉博士号、1973年には人間能力開発研究所(ドーマン研究所)のスペクトラ賞が与えられました。そしてアメリカ弦楽器教育協会からは、1963年に「最も目覚ましい活躍をした弦楽器教育者」と讃えられました。
 ヨーロッパでは、イザイ賞(ベルギー、1969年)、教育功労勲章(フランス、1982年)、功労勲章一等功労十字賞(ドイツ、1985年)を授与されています。
 他にも、1990年のアルバート・アインシュタイン国際アカデミー基金の平和勲章や、ロータリー・サービス・アワード(ロータリークラブ、1960~61年)などを受賞されています。
 そして1994年、鈴木先生はノーベル平和賞の候補に選ばれたのです。
 ただ、このような数多の賞賛にもかかわらず先生はいつも謙虚そのものでした。
 私は、まだ外国人がそう多くない時期に日本へ赴き、幸福にも鈴木先生と大変素晴らしい時間を共有させていただきました。ゆえに、その人となりを私なりにみなさんにお伝えしてみたいと思います。何より思い出されるのは、ヴァイオリンの奏法の知見を伝えようというひたむきな思い、繰り返し語られた「どの子も育つ」というメッセージ、誠実さ、尽きぬユーモアの精神、そして徹底した謙遜さです。
 書かれている出来事は、必ずしも時間の流れ通りではありません。私が日本を訪ねた時の思い出も加えましたので、鈴木先生のおられた環境を知る手助けになればと思います。
 この本には、私が日本にいた時に、ともに鈴木先生と長い時間を共有したオーストラリアの教師、マージョリー・ヘイステック、アン・ルイス、そしてレズリー・プリーストの回想も含まれています。

(パタソン真理子訳 次号に続く)

ロイス・シェパード先生の略歴

 

 オーストラリアのヴァイオリンとヴィオラの指導者であり、スズキのティーチャートレーナー。スズキ・メソードをヴィクトリア州に紹介し、スズキの協会(現在のスズキ・ミュージック)を設立。
 ニューサウスウェールズ音楽院及び松本市の才能教育音楽学校を卒業。シドニー交響楽団のメンバーを務める。また、ニューサウスウェールズやヴィクトリアの数々の学校で教鞭をとる。長年、オーストラリア音楽検定委員会の試験官、ヴィクトリア州立大学の幼児教育の学会で講師を務める傍ら、メルボルン大学の音楽院でヴァイオリンとヴィオラを教える。一時期、アメリカの西イリノイ大学のヴィオラ科教授兼スズキ・プログラムの理事を務める。
 1960年代前半より、スズキ・メソードでの指導と研究を続けてきた。
 ロイス先生は、プロの演奏家を育てることを目的とはしなかったが、その生徒の多くが、シンフォニーオーケストラのメンバーや室内楽奏者、また、スズキの指導者になっている。これまでの生徒は、メルボルン大学、ボストンのニューイングランド音楽院、ニューヨークのジュリアード音楽院、南イリノイ大学、ミシガン大学、ロンドンの王立音楽院などの高等教育機関への奨学金を得ている。また、多数の生徒がメルボルンの私立学校の音楽部門の奨学金を得ている。メルボルンの生徒への指導並びに指導者への指導を続けて、現在に至る。
 ロイス先生の長男は現在、IT企業で活躍中。長女は松本で鈴木鎮一先生の下で研鑽を積み、現在、ドイツでヴァイオリンとヴァイオリンの指導法を教えている。2人の孫がいる。