オーストラリア在住のヴァイオリン・ヴィオラ科指導者、ロイス・シェパード先生のご著書「鈴木鎮一先生の思い出」日本語訳の連載第2回です。今回は、第2章「成長について」を掲載します。時代を超えた鈴木鎮一先生の姿が活写されています。

先月は、「序章」を掲載しました。第3章以降は来月以降の掲載になります。
 

第2章  成長について

 
 人は環境の子なり。
 人は遺伝の法則に從って生まれ、
 能力の法則に従って育つ。
 
 鈴木先生は、音楽の才能は出生時に備わっているものではなく、備わっているものはあるなのだとおっしゃっていました。環境に順応する能力へ導く力だと。そしてまた、人は生まれながらにして変化したいと希求するものだと。
   鈴木先生は、生まれつきの能力について、こう語っています。
 
 生理的変化と環境への順応を
 静かに準備する。
 
そして、
 頭脳の遺伝的な優劣の差は、たんに順応の感度と速度の問題にある。
 
 才能は生まれつきではない。
 人は生理学的な遺伝上の違いを持って生まれてくる。だが人の能力は、環境に順応して育てられるものであり、外にあるものに順応して、その能力が内に育つというものであると思う。
 
 教育とは能力を育てる道である。
 
 人は「生まれながらの芸術家」と言うが「生まれながらの八百屋」などとは言わない。
 
 音階をもって生まれてくる子どもは
 一人もいない。
 
 鈴木先生その人が、環境の子でありました。昔、ヨーロッパにおけるほとんどの音楽家は、才能は遺伝であると信じていました。
   18世紀の初頭のヴェニスには、孤児や私生児を公共資金で育て、音楽家になるよう指導していた教会が4つありました。それらの団体の一つで、赤毛の牧師であり、ヴァイオリニストであったアントニオ・ヴィヴァルディ(1678〜1741)は、幼い女児たちに楽器の演奏を教え、オーケストラを結成したのです。1739年の記録によると、このオーケストラは「完璧なる調和により、第1級」と格付けされ、「百錬の演奏」であったと評されています。また、この若い演奏者たちの弓さばきは、パリ・オペラ座のオーケストラのものより素晴らしいとも記されています。(※)
※The New Grove Dictionary of Music and Musicians
 
 この試みが成功しているにも拘わらず、ヨーロッパの音楽家たちは、頑固にも、傲慢にも、「音楽の才能は生まれつきではない」という事実を受け入れませんでした。すべての子どもは学ぶことができる、音楽でさえも学ぶことができる、この概念は、教育を新鮮な角度から眺めることができる人物、既成概念にわれた西洋音楽とは無関係であった人物を待たなければならなかったのでしょう。その人物は、日本にいました。鈴木先生は、正しい訓練をすれば誰でも音楽を見事に演奏できるようになるのだと気づかれたのです。
 
 「才能と生まれつき」という考えの亡霊につきまとわれている限り、教育界はいつまでも「天賦の才、持って生まれた才能」といった概念に惑わされ、人間の能力を伸ばすものの本質が見えなくなってしまう。
 一般社会では、算数のできない子どもを頭が良くないと決めつけています。しかし私は気づいたのです。その頭脳の悪いはずの子どもたちが自由自在に日本語を話し、しかも6歳で2000からの言葉を記憶してこれを自在に活用していることに。彼らは素晴らしい頭脳を持っているではありませんか! いかに育てられたかによって、子どもたちは完璧に彼らの能力を示しているではありませんか。
 
 幼児の能力の育成について、鈴木先生は多くのたとえを使って説明されています。
 その一つは、大地に植えられた種の話です。私たちは、太陽が大地に降り注ぎ、雨が種を潤し育てている間は、植物の成長を見ることはできません。しかし、ある日、芽は現れます。同様に、子どもの能力の成長がまだ見えなくても、花開く時まで育て続けなくてはならないと先生はおっしゃっています。原因と結果という宇宙の法則の例ともいえるでしょう。聖書にも、「人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになる」とあります。
   歴史とは、種を蒔いて育てるか、もしくは育てないか、の絶え間ない連続が織りなす結果です。スズキ・メソードの歴史も例外ではありません。
  なぜ、この特別な種が日本で植えられ育てられなくてはならなかったのか、とあなたは問うかもしれません。どうやってそんな見事な花が咲くことになったのかと。
  何年も前に、メルボルンの仏教院で、私は鈴木先生と彼の偉業について僧侶に語ったことがあります。その時、その僧侶は言いました。「いつ、どこで生まれるのかを選んでくる魂があるのだ」と。
  きっとその通りなのでしょう。そして、鈴木鎮一先生はこの時代のためだけに生まれたのではありません。先生は時代を超えた存在なのです。
(パタソン真理子訳 次号に続く)


ロイス・シェパード先生の略歴

 

 オーストラリアのヴァイオリンとヴィオラの指導者であり、スズキのティーチャートレーナー。スズキ・メソードをヴィクトリア州に紹介し、スズキの協会(現在のスズキ・ミュージック)を設立。
 ニューサウスウェールズ音楽院及び松本市の才能教育音楽学校を卒業。シドニー交響楽団のメンバーを務める。また、ニューサウスウェールズやヴィクトリアの数々の学校で教鞭をとる。長年、オーストラリア音楽検定委員会の試験官、ヴィクトリア州立大学の幼児教育の学会で講師を務める傍ら、メルボルン大学の音楽院でヴァイオリンとヴィオラを教える。一時期、アメリカの西イリノイ大学のヴィオラ科教授兼スズキ・プログラムの理事を務める。
 1960年代前半より、スズキ・メソードでの指導と研究を続けてきた。
 ロイス先生は、プロの演奏家を育てることを目的とはしなかったが、その生徒の多くが、シンフォニーオーケストラのメンバーや室内楽奏者、また、スズキの指導者になっている。これまでの生徒は、メルボルン大学、ボストンのニューイングランド音楽院、ニューヨークのジュリアード音楽院、南イリノイ大学、ミシガン大学、ロンドンの王立音楽院などの高等教育機関への奨学金を得ている。また、多数の生徒がメルボルンの私立学校の音楽部門の奨学金を得ている。メルボルンの生徒への指導並びに指導者への指導を続けて、現在に至る。
 ロイス先生の長男は現在、IT企業で活躍中。長女は松本で鈴木鎮一先生の下で研鑽を積み、現在、ドイツでヴァイオリンとヴァイオリンの指導法を教えている。2人の孫がいる。