スズキ・メソードを深く理解され、その発展に大きく寄与してくださいました高円宮憲仁親王殿下が亡くなられて、今年で20年。その「二十年式年祭」が11月21日に開催されます。宮様にチェロを教えられた関東地区チェロ科指導者の寺田義彦先生と、家族ぐるみで宮様ご家族とお付き合いをされた関東地区ピアノ科指導者の石川咲子先生から、数々の思い出を語っていただきました。

 

高円宮憲仁親王殿下を偲んで
~スズキ・メソードを理解、援助してくださった宮様

関東地区チェロ科指導者 寺田義彦
 
 来たる11月21日に、20年前薨去(こうきょ)された高円宮憲仁親王殿下の「二十年式年祭」を迎えます。殿下はスズキ・メソードを深く理解され、その発展に大きく寄与してくださいました。殿下がチェロをスズキ・メソードで学び始められたのは1993年でした。この年の6月には、当時皇太子殿下でした今上陛下のご成婚で日本中が嬉しいニュースに沸きました。
 
 殿下はご自身が40歳を前にしてチェロを学ぶことを、ご友人のチェリストYo-Yo Ma氏と当時の天皇陛下(現在の上皇陛下)にご相談、ともにお勧めを受けられ、決断されました。私はご要請を受けて、1993年8月より高円宮邸に参じ、殿下のチェロレッスンが始まりました。それより以前に3人のお嬢様方(女王殿下)がヴァイオリンを鈴木裕子先生に、ピアノを鈴木静子先生にすべてスズキ・メソードの指導を受けられていらっしゃいました。妃殿下はスズキ・マザーとしてヴァイオリンのレッスンを受けられ、同指導曲集第1巻をすべて演奏されました。

1993年 高円宮様ご一家(向かって右から承子様、殿下、妃殿下、絢子様、典子様)


 殿下はご幼少の頃から音楽に大変ご興味を持ち、TVのクラシック番組の放送をご覧になられては、お気に入りの曲を耳で覚えられたそうです。そして購入に訪れたレコードショップにて口笛でメロディを吹いて、該当曲を店員に尋ねて探されたと伺いました。まさしくスズキ・メソードですね。
 
 私は殿下とのチェロのご一緒の時間が始まってからすぐに、殿下が大変優れた音感を持っていらっしゃることを感じました。後にお嬢様方もチェロを学ばれますが、そのレッスン中にご自身もチェロを携えてそっと入室され、アドリブで伴奏をお弾きになるのです。当時、ご公務が大変お忙しく、ご自身のチェロ練習に費やすことができるのは週30分ぐらいと聞いていたので、驚きました。

 チェロを学び始めてから何年も経っていないのにと不思議に思い、お伺いしたところ「どの曲もだいたい2~3回聴くとメロディが覚えられ、そのハーモニーが沸きます」とご説明くださいました。もちろん、楽譜もお読みになります。後に「独身時代はハモリのミカサ(三笠宮様)とご友人に呼ばれていらっしゃった」と妃殿下より伺いました。周りのどなたかが歌うと、即座にハーモニーを付けて合唱されたのです。
 
 殿下がチェロ指導曲集第1巻「フランス民謡」を練習されていると、それを聴かれたご長女の承子様が、自らヴァイオリンを構えて一緒に弾かれたことがありました。スズキ・ヴァイオリン指導曲集にはない学習曲ですが、承子様は何回も繰り返して覚えられ、とうとうお父様と同じように弾けるようになり、「できた!」と笑顔を見せてくださいました。すると殿下は「楽曲に興味を持ち、耳で親しみ、繰り返し練習して演奏できる。そして自信につながる。これがスズキの良いところです!」と仰いました。

1997年第43回グランドコンサート(日本武道館)に
ヴァイオリンとチェロの出演生徒として到着された
高円宮様ご一家

 私は1995年~1997年のグランドコンサート実行委員長を務め、その際に全国のスズキ会員に使わなくなった分数楽器の寄付を呼びかけました。「どの子も育つ」が本会のモットーですが、世界中には楽器がなくてスズキ・メソードを始められない国があることも現実でした。この企画に国際スズキ協会(ISA)の日本活動として同意協力を得て、グランドコンサート会場に持ち寄って寄付をいただくキャンペーンを始めました。

 幸いなことに主旨を理解していただいた会員の皆様から、多数の楽器が集まりました。この集めた楽器を修理して、開発途上国に贈る準備が整いました。

1997年3月11日に国賓メキシコ大統領夫人に寄贈 
迎賓館にて

しかし、現地に確実に届く安全な輸送手段がなくて、困った私は殿下にご相談しました。殿下は真摯に考えてくださって、音楽に興味があり、母国の音楽教育発展を望む駐日アルゼンチン大使、同メキシコ大使を紹介してくださいました。その後も外交関係の方々の強いサポートを得て、楽器を海外に寄付することが実現しました。

 1999年春、外務省からの依頼を受け、国賓として来日されたルクセンブルグ大公ご夫妻を歓迎するコンサートを東京で開催しました。担当された関東地区ヴァイオリン科の正岡紘子先生と私は演目を考え、殿下に演奏会をご相談したところ、当日のお嬢様方の演奏参加と自らご通訳としてご協力くださいました。
 

1999年4月ルクセンブルク国大公ジャン同妃両殿下(国賓)
歓迎演奏会

 両殿下は歓迎演奏会の開演時間より、かなり早く会場にご到着されました。後から殿下に伺うと「ジャン大公妃は御御足(おみあし)が良くないので、会場の市ヶ谷ルーテル教会のエントランスからホールに向かう階段に手すりがないと思い出し、肩をお貸しようと早く着きました」とのお気遣いからでした。また、妃殿下はリハーサルを終えて待機する生徒と保護者の皆さんに明るくお声かけて巡られ、厳しい警備体制の中の緊張を和らげようと尽くされました。

 殿下は「スズキ・メソードの歩く広告塔」を自認され、多くの活動を助けてくださいました。なおかつ、ご公務や数多くの慈善活動に携われたご経験及びご自身の音楽観から、スズキ・メソードの改善点について指摘され、次のような率直なご意見を私に語ってくださいました。
 
 「グランドコンサートなどの生徒多数の演奏に指導者が指揮するが、生徒は普段の個人レッスンで指揮者を観るように訓練されていません。それゆえ、注意しない。各レッスンで指揮者を観て演奏することを指導すべきでしょう」
「やはりアンサンブルとして公開演奏するのであれば、プロの指揮者に任せたほうが良いのではありませんか」
 
 スズキ・メソードの将来への発展を願われての得がたいご教示と思っております。

1997年グランドコンサートにご来臨いただいた皇太子同妃両殿下と高円宮同妃両殿下


 最後になりましたが、殿下は「海外との文化交流こそ安全保障の大きな一つ」と仰っていらっしゃいました。コロナ禍の収束を迎え、再び盛んな国際交流が行なわれる平和な時が来ることを、今でも殿下は願われて世界を見守っていらっしゃると私は信じています。
 

高円宮憲仁親王殿下を偲んで
~思い出のエピソード

関東地区ピアノ科指導者 石川咲子

 
 私は1996年頃に、祖母である鈴木静子先生から、高円宮家の3人の女王殿下のピアノのレッスン担当を引き継ぎました。当時私はまだ20代だったこともあり、姉のような感覚で楽しくレッスンに通わせていただいたことを覚えています。
 ヴァイオリンは母の裕子が担当していたので、発表会や支部の活動などでも高円宮家の皆様とご一緒させていただく機会が何度もありました。
 両殿下はどちらかというとピアノ指導者として、というよりも静子先生の孫、そして裕子の娘、「さっこちゃん!」とカジュアルに接してくださり、楽しくお話ししてくださいました。
 
 ある日、サントリーホールで行なわれたヨーヨー・マさんのコンサートに母と聴きに行った時の話。
 私たちは左側のバルコニーに座っていたのですが、丁度目の前の右側バルコニーの貴賓席に高円宮両殿下がご入場されたのです。母と私は「偶然ね!」と嬉しく語っていたのですが、ご退場前にこちらをご覧になっていらしたので、2人で小さく手を振ってみました。そうしたら、なんと気づいてくださり、両殿下はこちらに手を振られて「来てたの~?」という感じで笑ってくださったのです。
 
 静子先生の傘寿のお祝い会では、殿下がサン=サーンスの「白鳥」を演奏してくださり、その際に私がピアノ伴奏をさせていただきました。事前リハーサルで赤坂御所に伺い、初めて曲を通した時、その音色が本当に美しく、艶やかだったので感動しました。私はそれをそのまま殿下にお伝えしたところ、「四十の手習いだけどね~」と少し照れて微笑んでくださいました。
 
 お酒がお好きな殿下とは、母と私と3人で美味しい地酒のお店に伺い、様々な地酒をたくさん呑んで、楽しいお喋りをした思い出もあります。結婚についての話題になった際「結婚願望があります!」と私が申し上げた時に、「1000人チェロの仲間でおじいさんなんだけど、さっこちゃんに良い人いるよ~」「なんだかさっこちゃんは、それぐらい年齢が離れていても優しく介護している姿が浮かぶんだよね」と殿下がおっしゃっていました。
 
 私はこれは褒めていただいたのだ!と今も強く信じております。残念なことにその数ヵ月後に殿下はお亡くなりになられて、その方をご紹介していただくことは叶いませんでした。
 
 高円宮殿下、あれからもう20年経ってしまったのですね。私は今も独身です・・・。
 他にも殿下や久子妃殿下、女王殿下方との楽しい思い出はたくさんあり、どれも私の宝物です。
 そして、大変お世話になった母 裕子は昨年亡くなりました。静子先生、母 裕子、そして私まで三代にわたり、大変お世話になり、ありがとうございました。
 久子妃殿下、承子様、典子様、絢子様とも今もご縁が繋がっていることに、心から感謝いたします。
 そして、これからもスズキ・メソードを厳しい目で見守っていてくださいね。