夏期学校「保護者との交流会〜お稽古相談」
東会長の挨拶
「今日は夏期学校の初日でお疲れのところ、多数ご参加くださりありがとうございます。この交流会“お稽古相談”は昨年から始めたもので、日頃のお稽古の中で疑問に思うことを共有し、解決のヒントを皆さんと一緒に考えていきたいと思います」
会場には和やかな雰囲気が広がり、これから先生方の幼少期の体験や保護者の悩みに耳を傾ける期待感が漂いました。
山本裕康先生(チェロ) 幼少期の体験談
- 小学校での骨折エピソード
ボクシング漫画の影響もあって、遊びの最中に右手を骨折。1ヵ月間チェロを弾けなかったが、最初は「練習しなくてすむ」と喜んだんです。しかしすぐに「弾きたくて仕方ない」という気持ちに変わりました。ギプスが外れて弓を持ったとき、最初は怖々と弾いたが、毎日の積み重ねがあったからこそ感覚を取り戻すのも早かった、と語りました。 - 中学・高校でのスポーツ経験
中学ではバスケットボール部、高校では硬式テニスに熱中。体を動かす経験は「体幹や基礎体力をつけるのに大きな意味があった」と振り返りました。
「楽器を弾くことは全身運動です。腕や指先だけでなく、体全体を使います。だから、若い頃に体を鍛えておくことはとても大切なんです」
東会長も「まさにその通りですね。外から見ると静かに座って弾いているように見えても、実際には全身を使った大変な仕事」と補足し、会場から笑いと共感が起こりました。
荻原尚子先生(ヴァイオリン) 音楽の道を志すまで
- 母の支え
母親は楽器未経験ながらも、姿勢や音に細かく気を配りました。例えば指をまっすぐに保つためにゴムで固定したり、肘が後ろにいかないように紐で調整したりと、創意工夫を重ねたのです。「母のこだわりが、基礎を作ってくれた」と感謝の気持ちを述べました。 - 転機となった出会い
中学までは趣味として続けていたが、15歳のときに出会った恩師(編集部註:コリヤ・ブラッハー氏、ベルリン生まれの国際的なヴァイオリニスト)の存在が大きな転機に。17歳で再びその恩師に会い、音楽の道を本格的に歩む決意を固めました。 - ドイツ留学
18歳で単身渡独。当時はまだ日本とヨーロッパの生活習慣の違いが大きく、日曜は店がすべて閉まってしまい「買い物を忘れると何もできない」という不便さに戸惑ったそうです。けれども、その中で一人の時間をどう過ごすか学び、「自分を見つめる大切な時期になった」と振り返ります。
東会長も「異文化の中で生活を組み立てる経験は、音楽以上に人間としての基礎を築いてくれるもの」とご自身の経験からコメントしました。
保護者からの質問と先生方の回答
Q1. 厳しく怒ってしまう。お互い気持ちよくお稽古をするには?
荻原先生は、ご自身の経験を率直に語りました。「子どもができないとつい怒ってしまう」時期があったと正直に打ち明け、会場の保護者も大きくうなずいていました。カウンセリングを受けたことで、「白黒はっきりさせず、グレーゾーンを持つ」大切さを学んだといいます。「今日できなくても、明日できるかもしれない。その余白があると、子どもも親も楽になれる」と説明しました。さらに、「怒ってしまった時は素直に謝ることも大切。親が謝る姿を見せることで、子どもも安心します」と具体的なエピソードを交えました。
また、「できたことに注目して褒める」姿勢も提案しました。例えば、音程や弓の角度が整わなくても、「今日の姿勢はきれいだったね」と部分的に評価する。それだけで子どもは「見てもらえた」と感じ、次の意欲につながるとのことです。
永田香代野先生(ピアノ科)は「親が熱くなりすぎるのは自然なこと。けれども“助けを求めてきた瞬間に応える”ことも大切」と補足しました。
Q2. 4〜5歳の子がお稽古を嫌がる。どう習慣化する?
石川洋子先生(ヴァイオリン科)は「楽器をケースから出す」「構える」など、ごく小さなステップを“今日の成果”とみなす方法を提案。無理に音を出させるよりも、姿勢を作る段階を大切にすることが良いと述べました。
末廣悦子先生(ヴァイオリン科)は、鈴木鎮一先生の言葉を紹介。「ご飯と同じで、毎日少しずつでも続けること」。一度にたくさんやるのではなく、短時間でも習慣化が重要だと強調しました。
Q3. 耳で覚えるのと楽譜を読むの、どちらを重視すべき?
多くの先生は「まず耳で覚える」ことを推奨。その後に楽譜を眺め、音と記号を結びつけていくのが自然な流れと語りました。
山本先生は「自分は楽譜を読むのが遅れ、苦労しました」としながらも、「子どもの頃に良い音楽を浴びるように聴いた経験が、その後の音楽人生の土台になった」と強調しました。
永田先生は「楽譜を“読む”というより“眺める”感覚から始めれば自然に慣れる。耳で覚えたものを視覚と結びつけるのが理想」とアドバイスしました。
Q4. お稽古中に子どもが泣いてしまう。追い詰めすぎ?
先生方は「涙は必ずしも悪いサインではない」と口を揃えました。感情を吐き出すことで切り替えられる子も多く、「泣いた後にすっきりして練習に戻れるなら、それも一つのプロセス」との意見も出されました。大人が焦って叱るのではなく、受け止めてあげる姿勢が大切だとまとめられました。
東会長は「涙も成長の一部。無理に止めさせず、気持ちの流れを大切にすることが音楽の学びに直結する」と補足しました。
Q5. テンポと音程、どちらを優先してお稽古するの?
山本先生は「まずはテンポ。リズムが揺れると音楽の流れが壊れてしまう」と強調しました。「多少音程が不安定でも、リズムがしっかりしていれば音楽は前に進む」と説明。
先生方は「ただし、耳を育てる時期には音程も大切。正しい音を聴き分け、再現する力が感性を養う」と指摘しました。「テンポと音程は対立するものではなく、段階によって重点を変えるとよい」とまとめました。
東会長は「走ることと正しいフォームを同時に覚えるようなものですね」と例えて補足し、会場に分かりやすく伝えていました。
交流会から見えてきた共通のメッセージ
今回の交流会では、先生方の体験談と保護者の悩みが交わり、いくつもの大切な視点が浮かび上がりました。
①日々の積み重ねが大きな力になる
短い練習でも毎日の習慣にすることが、長期的には大きな成果につながる。
②「今できること」にこだわりすぎない
今日できなくても明日できるかもしれない。余白を持つことが親子の関係を守る。
③体力づくりは音楽の基盤
楽器演奏は全身運動。子どもの頃から体幹や筋力を養うことは、後の演奏活動を支える。
④良い音楽をたくさん聴く
耳から吸収する体験が、感性や読譜力の育成に欠かせない。
⑤保護者と指導者がともに歩む
親が孤独に抱え込むのではなく、先生と悩みを共有しながら子どもの成長を支えることが大切。
終わりに
今回の保護者交流会「お稽古相談」は、先生方が自らの体験を率直に語り、保護者が抱える悩みを共有することで、「子どもと音楽にどう向き合うか」をともに考える時間となりました。
山本先生、荻原先生の体験談に加え、東会長の適切な合いの手が全体を和やかにまとめ、保護者の皆さんにとっても大きな学びの場となりました。音楽教育は家庭と指導者の協力によって支えられるもの。そのことを再確認する有意義なひとときとなりました。
「この“愛に生きる”で書かれている言葉は鈴木鎮一先生の理念そのもの。子どもを育てる時、音楽を学ぶ時、そして私たち大人自身が生きる時も、この“愛に生きる”を胸に置くことが大切です」と述べ、交流会を締めくくりました。