「愛に生きる」をテーマにしたことで、
幼児教育の現場のみなさんが日々を見つめ直す時間になりました。
8月9日(土)、スズキの理念を研究し、保育の活動に積極的に取り入れているスズキ・メソード幼児教育研究会の夏期研修会がオンラインで開催されました。100名を超す皆様が、今年は「愛に生きる」をテーマに意見交換。活発な1日になりました。
土居孝信会長挨拶
本年度は「原点に立ち返る」という意味で、鈴木鎮一先生の著書『愛に生きる』を深く掘り下げ、各園の先生が章ごとに研究・発表を行ない、副読本の形にしていきたいとの構想を示しました。また、出版を支えてきた関係者や会員への感謝を改めて表し、この著作を保護者や幼児教育関係者、さらには文部科学省など広く社会にも届け、未来の教育に役立てたいとの思いを語りました。
最後に、基調講演をされる東 誠三先生への期待を述べ、参加者に対し「受け取る側の感度と情熱が研修会成功の鍵である」と呼びかけ、積極的かつ明るく参加するようお願いされました。
東 誠三会長の基調講演
「愛に生きる」について
スズキ・メソードの東会長は冒頭、昨年の幼児教育研究会10周年の集まりに触れ、今回、より多くの参加者に語れる機会を得たことへの感謝を述べました。
そして、まずは自己紹介。父の転勤で松本に移り住み、偶然スズキ・メソードに出会った経緯。姉のピアノが家にあったことから、母がどこからか情報を得た鈴木鎮一先生のいらっしゃる才能教育会館を訪ね、ヴァイオリンとピアノを始めたこと。ピアノの片岡ハルコ先生の指導に親子で魅了され、東京に引っ越してからも松本へ通い続けたこと。少年期の約10年間が、その後の人生に決定的な影響を与えたことをお話しされました。
「愛に生きる」が1966年刊行以来、100刷を超えるロングセラーとなっている事実を紹介。特徴は「誰でも理解できる平易な言葉」「専門用語を避け、柔らかい文章」で書かれていること。誰にでも伝わる記述をする難しさを指摘し、教育者は「子どもにも大人にも適切に伝える」二重の力を要すると強調されました。
スズキ・メソードでは「聞くこと」が最初の学びであり、耳を通じて自然に音楽を吸収する。これは言葉を覚える過程と同じであり、「聴覚による刷り込み」が基盤になる。一方で演奏を学ぶ際には、先生や親の動きを「視覚で見ること」も欠かせない。目で見て手の形、姿勢、弓の使い方を真似ることが習得を促すと指摘されました。聴覚と視覚からの情報が相互に作用し、脳内でネットワークを形成していく。聴いた音と見た動きが一致することで、学習が一層確かなものとなる。この「感覚の相乗効果」が、才能を引き出す環境の核心であると位置づけていました。
教育とは、そのネットワーク形成を助ける営みであり、子どもの可能性は無限に開かれている。私たち教育者がすべきことは「常識を一度ゼロに戻して考える」こと。固定観念を外し、子ども一人ひとりの成長を信じて寄り添うことが大切とお話しされました。
東会長が基調講演で言及された「愛に生きる」の重要なポイント
① 「人間は生命の一つの現象である」
「愛に生きる」の中で、鈴木先生は「人間も動物も植物も同じ生命であり、大自然の営みの一部にすぎない」と述べている。
・この視点が教育思想の根本であると指摘。
・人間を特別視するのではなく、自然の摂理に沿って成長する存在として理解することが重要。
・教育者は「子どもを自然の一部として尊重し、育ちを見守る姿勢」が必要だと強調されました。
② 「能力は遺伝ではなく、環境によって育まれる」
「愛に生きる」で繰り返し述べられる中心思想。
・DNAによって形質は受け継がれるが、能力は後天的に「脳内ネットワーク」として形成される、と現代科学の観点から補足。
・赤ちゃんが立つ・歩く・話すといった発達の過程は、脳内でのネットワーク形成そのもの。
・教育はそのネットワーク作りを助ける営みであり、教師や保護者の環境づくりが決定的に重要。
③ 「子どもは育てたように育つ」
子どもの成長は、生まれ持ったものではなく、環境と大人のかかわり方に大きく依存するという一文。
・この言葉は教育者や親に対する最大のメッセージ。
・子どもの可能性を信じ、日々の関わりを大切にする責任を改めて突きつけている。
・「教育は環境づくりである」という鈴木先生の思想を、最も簡潔に表す表現であると評価。
④ 「常識を一度ゼロに戻して考える」
鈴木先生が繰り返し強調した教育者の姿勢。
・「遺伝で決まる」という社会通念を覆したのがスズキ・メソードの大きな功績。
・教育においても、固定観念を取り払い、子どもの成長を新しい目で見つめ直すことが必要。
・教育者が「自分の常識をリセット」して向き合うとき、子どもの可能性は大きく開かれる。
鼎談 『愛に生きる』を語る
出席者 東 誠三会長
小林雅宏氏(講談社現代新書編集部)
新 巳喜男(機関誌編集部)
冒頭で進行役の機関誌編集部が「まずはこの本との関わりについてお話しいただけますか」と問いかけると、東会長は自らの体験を振り返りました。
「私は先ほど基調講演でもお話ししましたように、子どもの頃、スズキ・メソードで学びました。大人になって『愛に生きる』を改めて読むと、当時の経験が思い出されると同時に、新しい発見もあります」
「1966年刊行の現代新書の一冊で、86番目に刊行されていますが、今もなお売れ続け、今年の4月には100刷に到達しました。100回重版を繰り返しているわけです。現代新書は2,700冊を超える規模がありますが、これほど長寿命な本は珍しいです。創刊当時の100冊のなかで、先日調べてみたら、生き残っている本は『愛に生きる』を含めて6冊しかありませんでした」。さらに「昨年、講談社現代新書が60周年を迎えたときに、書店向けにポップを作ろうということになり、この本の内容が現代にも十分通用する内容だと気づき、ポップを作成しました。それが特設サイトで紹介したことが、皆さんの目に触れるきっかけになりましたね」
ロングセラーになっている理由について、東会長は「難しいことをやさしい言葉で語っているから」と指摘されました。とりわけ「子どもは育てたように育つ」という一文に触れ、「読むたびに心を打たれる」と。小林氏も「専門書ではなく新書のスタイルを選んだのは、一般の親御さんにも届くようにという意図でした」と応じ、刊行当時からの編集方針を明かしてくださいました。
小林氏はその当時からの編集方針が今も不動であると話し、巻末(228ページ)にある「講談社現代新書の刊行にあたって」を紹介されました。そこにはこう書かれているのです。
「わたしたちの講談社現代新書は、講壇からの天下りでもなく、単なる解説書でもない、もっぱら万人の魂に生ずる初発的かつ根本的な問題をとらえ、掘り起こし、手引きし、しかも最新の知識への展望を万人に確立させる書物を、新しく世の中に送り出したいと考えています」
この部分を小林氏は「好きな部分で定期的に読み直している」と言います。「これは専門家が教えてあげるのでもなく、知識を並べているだけでもなく、人々が心のどこかに持っている興味・関心を引き出すこと、次の学びに繋げることが書かれていて、このことを『愛に生きる』はとても上手く展開されています。この本をきっかけにより教育の世界に導くまさに手引きの書になっていると言及。創刊のコンセプトをまさに体現している本です」とのことです。
鼎談は教育論の核心に及びました。東会長は鈴木先生の思想の中心を「能力は遺伝ではなく、環境によって育つ」と整理し、次のように述べました。
「赤ちゃんが立ったり話したりするのは、脳内に新しいネットワークが形成されていく過程です。教育とは、そのネットワークを豊かに育てる営みだと考えます」
小林氏は「難解な理論ではなく、読者に直接語りかけるような平易な文章で書かれているのが『愛に生きる』の特徴、それがずば抜けています」と応じ、教育の専門家でなくても理解できる言葉で書かれたことが、長く読み継がれてきた理由だと強調しました。
やがて話題は刊行の背景へと移りました。機関誌編集部によって、当時の編集者が現在も東京に存命でいらっしゃること。そして機関誌の最新号(222号)では「愛に生きる」発刊の奇跡のエピソードが紹介されたことを改めて伝えました。当時の編集者が大学時代にスズキでヴァイオリンを学んだ大池庸子さん(のちにカナダでヴァイオリン指導者として活躍)と出会い、その関係で鈴木鎮一なる人物のことをいろいろと聞いていたこと、何より大池さんの弾くヴァイオリンの音色が素晴らしかったことなどが実体験としてあり、卒業後就職した講談社での編集企画会議の中で、「松本に鈴木鎮一なる人物がいて、素晴らしい活動をしている」と提案。編集長が、後日「鈴木鎮一という人は、何かを持っている人だ」と編集者に告げ、著作のターゲットに選ばれたというエピソードが明らかになりました。折しも、才能教育運動が全国に広がる中で、現代新書編集部は「誰にでも理解できる言葉で」という方針のもとにこの企画の遂行を決めたという話も紹介されました。
東会長は「理念を広く届けたいという鈴木先生の思いと、編集部の方向性が一致した結果ですね」と述べ、この本の性格がそこに端的に表れていることを指摘されました。
さらに鼎談は、世界的な広がりへと展開します。機関誌編集部から「この本が出版されてから、2年ほどして英語版『Nurtured by Love』が出版され、アメリカやヨーロッパで人間教育の書として受け止められた」と説明。「さまざまな現地の言葉への翻訳出版が大きな転機となり、教育思想書として国際的に位置づけられるようになった」と補足しました。
最後に東会長はこう結びました。
「『愛に生きる』は教育の原点を示す本です。環境が能力をつくるという信念を、次の世代にどう伝えるか。それが私たち教育者の課題です」
小林氏も「出版社の立場から、この思想をこれからも伝えていきたい」と応じ、鼎談は締めくくられました。
昼食時には、機関誌編集部撮影の夏期学校映像をダイジェストで紹介。東誠三先生のピアノ、竹澤恭子先生のヴァイオリン、山本裕康先生のチェロによるブラームスのピアノ三重奏曲の動画を1分ほど上映しました。
分科会でさらに「愛に生きる」を紐解く
13時からは、Zoomの機能を使った分科会が行なわれました。今年の分科会は、「愛に生きる」225ページを6つに分け、
①これってどういう意味だろう?
②これってホントなのだろうか?
③これは同感だ!
④園生活で、あるある!
の切り口で意見を出し合うというスタイル。各園がミックスされた班分けになっているため、お互いの園の違いなども紹介しながらなど、互いに学び合う場面がかず多くみられました。園長先生たちは、それぞれの分科会に入室・退室を繰り返しながら、それぞれの活発な意見交換を見守ることができました。
今後、分科会で意見交換された内容なども加味しながら、スズキ・メソード幼児教育研究会は、土居会長が願うような「愛に生きる」の副読本作成に少しずつ着手していくことになります。
参加された皆さんからの感想です。
鈴木先生の思いを忘れず、これからの子どもたちとの日々に生かしていきたいです
今回の研修で、スズキ・メソードの理念とその背景にある深い教育観に触れ、大変心を動かされました。特に東 誠三先生のご講演からは、音楽教育にとどまらない「人を育てる」ことの本質について多くを学ぶことができました。
「老いた時の10年より幼い時の10年は濃い時間」という言葉が心に残っています。幼児期の体験や出会いがその人の人生にどれほど大きな影響を与えるのか、改めて考えさせられました。今、自分が子どもたちと関わる時間が、彼らの将来の人格や感性に関わる重要な瞬間であることに、身が引き締まりました。
また、「愛に生きる」が長く読み継がれている理由として、子どもの目線に立った言葉の使い方や、成長を信じて待つ姿勢があるという話から、言葉がけの大切さや、環境を含めた全体的な関わりが子どもの成長に関わることを学びました。教育とは、見えない脳内ネットワークを丁寧に育むものであり、そのために私たちは日々の一瞬一瞬を大切にしなければならないと感じました。
「感動」が人を動かし、「繰り返し」が力になるという点も印象的でした。何気ない毎日の積み重ねこそが、子どもたちの判断力や想像力、さらには思いやりの心を育てていくのだと理解しました。また、結果だけでなく、その過程に目を向け、子どもたちの努力を認め、尊重することの重要性にも改めて気づかされました。
教育は常に「今ここ」で起きている奇跡の連続であり、そこに偶然と必然が交わっている。このことを忘れずに、これからも子どもたちの成長に並走する存在でありたいと思います。
「愛に生きる」の「私は子どもがただ好きだったのです」という言葉から、過ごしていると、日々の保育や業務に追われて忘れてしまう気持ちだなと思いました。ふとした時に「そうだ!私は子どもが好きで幼稚園教諭になったんだ!」と思うことがあります。そういう時はいつも子どもたちに笑わせてもらったときや一緒に何かやり遂げたり、楽しい思い出を作ったときだなと振り返って思います。子どもが何にも染まっていない尊い存在であること、これから大人の接し方や環境に応じていかようにも変わっていくことを忘れてはならないなと感じました。夏休みが終わって子どもたちとクラスで過ごすことが今日1日の研修を終えてさらに楽しみになりました!鈴木先生の思いを忘れず、これからの子どもたちとの日々に生かしていきたいです。
素敵な先生になれるよう、これからも「愛に生きる」を読み続けます。
本日はありがとうございました。今回改めて音楽の大切さを感じられたところです。特に、五感の聴覚を刺激することや、力加減を覚えて思いやりの気持ちも学べるなど新しい学びがありました。夏休みが終わって保育が始まったら、実践していきたいと思います。隙間時間に音楽を流す、歌うことにも力を入れることはもちろん、これから発表会もあるので、ピアニカの練習も少しずつ段階を踏んで取り組んでいきたいです。
「愛に生きる」を読むだけでは分からない、詳しいお話も聞けて良かったです。また、最後にあった「愛に生きる」は子どもを育てるだけでなく、親も育てるという話が印象的でした。私自身も素敵な先生になれるよう、たくさんこの本を読んで勉強し、2学期から頑張りたいです。
分科会では、他の先生方のお話も聞いて自分だけでは難しかった考え方・具体的な実践方法なども知れたことも良かったです。2学期が始まるまでに、楽しく続けられるための工夫を考えて準備し、スタートしたときにはすぐに始められるようにしたいと思います。
教育の根本に愛情があるべきだと感じました。
外見は遺伝子により決まるが、脳の成長や心の動きは内的要因に左右されるという点は、人間の成長の多面性を改めて認識させられました。また、「当たり前」は実は必然であり偶然の積み重ねであり、個人の常識はすべての人の常識ではないという視点は、他者理解や多様性の尊重に繋がる重要な気づきでした。さらに、人と人との繋がりの大切さや、世界中で愛され多言語に翻訳されていることから、「愛に生きる」という価値観の普遍性と影響力の大きさを実感しました。
「音にいのち在り姿なく生きて」という表現から、音楽が単なる音の集合ではなく、生命や感情を宿す存在として捉えられている深い哲学性に感銘を受けました。また、一茶の句とモーツァルトの音楽を重ねて、人生を自然に受け入れ愛情で包み込む心情を感じ取り、文化や芸術を通じた共感の力を再認識しました。さらに、芸術が全人格・全感覚・全能力の表現であるという考えや、人間の人生は愛し合い慰め合う中にあるというメッセージに強く共感し、教育の根本に愛情があるべきだと感じました。