英国スズキ協会の小玉もな先生をお招きして、ヴィオラ研究会を開催。
ヨーロッパから見たヴィオラ教育とスズキ・メソード
英国スズキ協会のヴァイオリン・ティーチャー・トレーナーである小玉もな先生を講師に迎えたヴィオラ研究会が、12月17日(水)都内で開催されました。日本ではなかなか知る機会の少ない「ヨーロッパのスズキ・メソードの現場」やヴィオラとヴァイオリンの子どもたちをミックスさせたグループレッスンの運用について、具体的かつ率直に伝えてくれる貴重な時間となりました。
小玉先生は日本生まれ。スズキ・メソードの八巻淑恵先生の教室で3歳11ヵ月からヴァイオリンを始め、国立音楽大学附属中学と高校を卒業後、ロンドンの音楽大学に留学し、以来30年近く英国を拠点に活動されています。ヴィオラは高校1年の時に始め、ヴィオラのデビュー曲は、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」だったそうです。2004年にスズキ・ヴァイオリン指導者資格、2019年にはティーチャー・トレーナー資格を取得し、現在は英国のみならず、ヨーロッパ各国で指導者養成や資格試験に携わっています。中でも、ヨーロピアン・スズキ・ヴィオラ・ギャザリング(ESVG)には、サポーターとして英国人の旦那様と運営にあたっておられます。その立場から語られる話は、演奏論にとどまらず、教育制度、国際組織、さらには社会情勢にまで及びました。
ヨーロッパ・スズキ協会(ESA)について
研究会の冒頭、お話があったのは、ヨーロッパ・スズキ協会(ESA)についての詳細な解説でした。現在ESAには28ヵ国(27ヵ国+ESA)が正式に加盟しており、スライドのような国々が参加しています。その国にスズキの先生はいるものの、スズキ協会を持たないチェコ、スロヴァキア、クロアチア、キプロスなどは、ESAに含まれます。重要なのは、「国にスズキの先生がいる」だけでは協会は成立せず、一定数の指導者がいて初めて正式な加盟国として認められる点。戦争や移住によって指導者数が減少し、かつては協会だった国が資格を失う例もあるといいます。
ESAの運営は、各国代表者による合議制が基本です。年に一度は必ず対面で会議が開かれ、新しい楽器科の承認、指導曲集やレパートリーの追加、出版や録音に関する方針などが話し合われます。最終的には国際スズキ協会(ISA)とも連携し、決定が国際的に共有されます。少人数で迅速に判断する体制とは対照的に、時間をかけて合意を積み重ねるのがヨーロッパ的特徴だと、小玉先生は話されました。
教材づくりと「20種類の楽器」
現在、ESAで承認されている楽器科は20種類に及びます。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ピアノ、フルートといった主要楽器に加え、コントラバス、ギター、マンドリン、ハープ、声楽、オルガン、リコーダー、クラリネット、トランペット、フレンチホルン、トロンボーン、ユーフォニアム、チューバ、0-3クラス、さらにはアコーディオンも含まれます。新しい楽器科が認められるまでには、内容や教育的妥当性を巡る長い議論が必要で、アコーディオンが正式承認されるまでには約15年を要したといいます。
指導曲集の制作も同様に慎重です。曲目の選定、技術進度、必ず含めるべき教材(「キラキラ星変奏曲」など)をESA内部で審議し、承認後にアメリカのアルフレッド・ミュージックと連携して初めて世に出ます。そこには、単なる教材制作を超えた「教育文化としての責任」があるとのことです。
社会情勢とスズキ教育
印象的だったのは、ウクライナでの戦争に関連する話題です。多くの指導者が国外へ避難せざるを得なくなった中、ESAは支援金を募り、楽器を持ち運べないピアノ指導者のために電子キーボードを提供しました。ヨーロッパでは資格の相互承認性が必要で、国境を越えて教育活動を続けやすい制度が、こうした非常時にも機能しているといいます。日本でもこうしたESAの動きに呼応して、日本の指導者、関係者の皆さんがウクライナ支援に動いたことがありました。互いに繋がることの大切さと同時に強い伝播力も当時、感じたものです。
ESAで指導者養成コースを受け、合格すると、ESA内ならどこででも資格が有効で指導が始められます。国々が隣同士に繋がる大陸ならではの運用になっていることも、そうした繋がりの力を発揮しやすくしているのかもしれません。
ヴァイオリンとヴィオラを交えたグループレッスンの意義
今回の研究会で、実践を通して特に印象に残ったのが、ヴァイオリンとヴィオラの生徒を交えた合同グループレッスンの効果でした。小玉先生は、「両者を一緒に弾かせたとき、最も差が出るのは音域ではなく、弓のスピードと楽器の反応の違いです」と指摘されました。
一般にヴァイオリンは音の立ち上がりが速く、無意識のうちに弓の動きも前へ前へと進みやすく、ヴィオラは、弦が太く胴も大きいため、同じ感覚で弾くと音が遅れ、重く感じられることがあります。合同レッスンでは、この違いが即座に「合わなさ」として現れます。その瞬間こそが、学びの入口となるというのです。
小玉先生は、まずビブラートをかけず、音程と響き、そして弓の重さに集中することを勧めました。どちらの楽器が「正しい」「遅い」のではなく、互いの音をよく聴き、どの弓速・どの重さであれば響きが溶け合うのかを探ります。これは単なる技術練習ではなく、「他者の音に耳を開く」経験そのものと言えるでしょう。
さらに、短い民謡や覚えやすい旋律を用いることで、譜面に縛られず、耳と身体で音楽を共有できます。生徒たちは、自然と呼吸を合わせ、音の役割の違い―旋律を担う声、内声として支える声―を体感するようになります。結果として、アンサンブルへの理解が深まり、後の弦楽四重奏やオーケストラ活動へとつながる素地が育まれていくわけです。
ヴァイオリンとヴィオラの合同グループレッスンは、単に人数をまとめるための方法ではなく、音楽を「自分一人で完結させない」感覚を、幼い段階から育てる、スズキ・メソードの理念を体現する場である、ということになります。奥が深いですね。
見えない部分を知る意義
今回の研究会は、演奏や指導技術だけでなく、「スズキ・メソードが国際的にどのように支えられ、育てられているのか」を知る機会となりました。日本にいると見えにくい運営の苦労、合意形成のプロセス、そして人と人との粘り強い協力。ヴィオラという楽器を通して、スズキ教育の現在地と未来を考える一日でもあったのです。
ヴァイオリンとヴィオラの合同グループレッスンは、技術指導であると同時に、音楽的な人間関係を学ぶ場です。自分の音を主張するだけでなく、誰かの音を支え、受け取り、溶け合わせる。それは、スズキ・メソードが長年大切にしてきた「人を育てる音楽教育」そのものと言えます。