東 誠三会長の精力的な活動が各地で続いています。
 1月31日(土)〜2月1日(日)には沖縄地区ピアノ科の皆さんとの宜野湾市ラクダムジカでの沖縄地区ピアノ科研究会に出席。その様子は、沖縄地区ピアノ科のインスタグラムで紹介されています。→インスタグラム
 2月13日(金)には松本支部での講演会に臨まれました。マンスリースズキでは、この時の講演会の様子をダイジェストで紹介します。
 

 

東 誠三会長 講演要旨
「身に付く」ということをめぐって―

 
 本日は「身に付く」ということをテーマにお話ししたいと思います。私たちは日々、「身に付く」という言葉を何気なく使っていますが、改めて考えると、その中身は実に幅広いものです。
 

 私はまず、「何の苦労もなく、思っただけで自然に行為ができる状態」を、今日の仮の定義として出発したいと思います。例えば、歩く、物を取る、話す、道具を使って食事をする―こうしたことは、多くの方にとって意識せずともできる行為です。これは日常生活に必要な基本動作の段階と言えるでしょう。

 一方で、楽器から音を出す、料理をする、パソコンで作業する、といった行為になると、ある程度の目的と手順を伴います。さらにその先には、専門用語や高度な技術を駆使して表現する段階、すなわち芸術家や専門職の領域があります。
 
 一般には、この①日常動作、②技能習得、③高度専門技能の間には大きな隔たりがあると考えられがちです。しかし、鈴木鎮一先生が見抜かれた本質は、 能力獲得の根本プロセスは同じであるという点でした。

 例えば、子どもが言葉を話せるようになる過程を考えてみてください。多くの保護者の方は「いつの間にかできるようになった」と感じておられるかもしれません。しかし実際には、家庭の中で膨大な回数の働きかけと反応の積み重ね、つまり極めて緻密なトレーニングが行なわれているのです。
 
 歩くことも同じです。見守り、手助けし、ときに手を出さない―そうした関わりのすべてが、脳内のネットワーク形成を促しています。ここに鈴木先生は着目され、「育て方ひとつ」という思想へと結実させました。
 
 現代の言葉で言えば、これは脳内ネットワークの形成過程です。神経細胞間の情報伝達が繰り返し強化されることで、行為が「身につく」状態になる。したがって、どの段階の習得であっても、原理は共通しているのです。

 では、身につけるために最も大切なことは何でしょうか。結論は非常にシンプルです。
良い方法での繰り返し。
これに尽きます。
 
 楽器の世界ではこれを「練習」と呼び、学校教育では「勉強」と呼び、家庭では「しつけ」と呼ぶこともあります。しかし、脳の中で起こっていることは本質的に同じです。この理解を持つことが、指導において極めて重要になります。特に指導者や保護者の役割は、子どもの中で起こっているネットワーク形成を、どう上手に手助けするかにあります。実際に能力を獲得しているのは子ども本人の脳内です。私たちはその環境づくりと道筋の提示を担っているに過ぎません。
 
 ここで、繰り返しの習慣づけの一例を挙げます。短いフレーズを何回か弾いてもらい、そのつど感想を聞く。どんな答えでも受け入れる。そして回数を一緒に確認し、達成を共有する。こうした丁寧な積み重ねが、主体的な練習力へとつながっていきます。
 
 鈴木先生は「10000回」とおっしゃいました。私は必ずしもその数にこだわる必要はないと思いますが、回数の積み重ねが質を生むという本質は、今も変わりません。
 
 もう一つ大切な視点として、「言葉の限界」について触れておきます。
 
 「練習しなさい」「勉強しなさい」―この言葉自体に大きな力があるわけではありません。受け手がそこからどんなイメージを受け取るかは千差万別です。むしろ強く伝わるのは、話し手の心の状態、空気感です。
 
 私たちは音楽を扱う立場です。したがって、最も強い伝達手段は音そのものです。言葉よりも、お手本の音楽表現を示すこと。これに勝る指導はありません。ただし、一音一音の美しさと、音の連なりとしての音楽表現、この両方を大切にする必要があります。二者択一ではありません。常に原点である「良い音」を保ちながら、音楽としての流れを育てていくことが重要です。
 
 最後に、成人の学びについて一言申し上げます。
 
 脳内ネットワークの形成は、決して子どもだけのものではありません。活動している限り、大人でも十分に更新され続けます。指導者自身が新しいことに挑戦し、学び続ける姿勢を持つこと―その姿そのものが、生徒への最良のメッセージになります。
 
 進度を他人と比べる必要はありません。大切なのは、それぞれのペースで確実に積み上げることです。
 
 「身に付く」とは、特別な才能の問題ではありません。
 適切な方法による、質の良い繰り返し―その積み重ねの結果なのです。