鈴木鎮一記念館開館30周年を彩る、荻原尚子先生のバッハ
今年、開館30周年を迎えた鈴木鎮一記念館。その記念すべき節目を祝う第92回鈴木鎮一記念館コンサートに、世界の第一線で活躍するヴァイオリニスト・荻原尚子先生が登場されました。7月26日(日)、記念館展示室に響いたのは、ヨハン・セバスティアン・バッハの《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ》第2番と第3番。ヴァイオリン一挺だけで描き出される、壮大な音楽の宇宙の広がり、深遠さを感じさせました。
荻原先生は、豊田市出身。4歳からスズキ・メソードでヴァイオリンを学び、その後、ベルリン芸術大学、ハンブルク音楽演劇大学で研鑽を積みました。2007年よりドイツの名門、ケルンWDR交響楽団のコンサートマスターを務め、ソリスト、室内楽奏者としてもヨーロッパを中心に高い評価を得ています。また、2018年からはスズキ・メソードのヴァイオリン科特別講師として、夏期学校での指導や卒業録音の審査に活躍されていて、今年の夏期学校にも参加されています。
今回演奏された《パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004》は、バッハの無伴奏作品の中でも特に深い精神性をたたえた傑作。冒頭の「アルマンド」から、静かな瞑想と情熱が交錯し、続く「クーラント」「サラバンド」「ジーグ」では舞曲の形式の中に豊かな感情の世界が広がります。そして、最後に置かれた大曲「シャコンヌ」。およそ15分にわたり、一つの主題が変奏を重ねながら壮大な建築物のように積み上がっていくこの作品は、「ヴァイオリン音楽のエベレスト」とも称されます。荻原先生の演奏は、高い音楽性と表現力で、小柄な身体からもバッハの世界観を十二分に感じさせるものでした。
一方、《パルティータ第3番 ホ長調 BWV1006》は、第2番とは対照的に、光に満ちた作品です。冒頭の「プレリュード」は、流れるような分散和音が絶え間なく続き、「ルーレ」「ガヴォット」「メヌエット」「ブーレ」「ジーグ」も、いずれも舞曲の喜びに満ち、バッハの明朗さと生命力があふれています。とりわけ「ガヴォット」は、後にリュート組曲にも転用されるほど愛された楽章で、親しみやすさの中に洗練された美しさを秘めています。
この二つのパルティータを荻原先生の演奏で続けて聴くことで、私たちはバッハが一挺のヴァイオリンに託した「光と影」「祈りと歓喜」という対照的な世界に触れることができました。荻原先生ご自身も、「今日は、鈴木先生の記念館で、バッハの世界を皆さんと共有することができたことを嬉しく思います」とお話しされていました。
アンコールに用意されたのは、バッハの「ブーレ」。原曲は無伴奏チェロ組曲第3番BWV1009の4曲目で、ヴァイオリン科指導曲集第3巻でお馴染みの曲でした。
この日の演奏は、アーカイヴ映像として以下をクリックするとご覧いただけます。ライブ感あふれる演奏をお楽しみください。
→荻原尚子先生の鈴木鎮一記念館コンサート
この日のお客様からの感想です。
・素晴らしい演奏でした。泉下の鈴木先生も大きな拍手を送っておられるでしょう。聴く側の態度も流石です。立派なコンサートに心が洗われました。今回の企画に敬意を捧げます。記念館創立30周年に相応しいコンサートでした。
・素晴らしいのひと言です!圧巻の演奏を間近で拝聴し、幸せでした。次回も楽しみです。
・本当に素晴らしい演奏を聴かせていただきました。子どもがヴァイオリンを教えていただいていた頃、親も…ということで、一生懸命練習しましたが、思うように音が出ず、苦戦しました。まったく同じ楽器とは思えず、奏者の凄さを実感しました。素晴らしいひと時をありがとうございました。
・今日のえんそうをきかせていただいて、たのしくてすばらしいと、ずっとききながらおもっとりました。私もヴァイオリンのれんしゅう、もっとがんばりたいとかんじました。せきにんしゃのみなさんと荻原尚子さま、誠にありがとうございます。(ミャンマーからの留学生。地元のホテル翔峰でアルバイトをしながら、松本で日本語の勉強をしているそうです)
・(おまけ)すごいコンサートでした。ありがとうございます。わたしは荻原尚子のむすめです。
事前に意欲的な学習会も開催!
鈴木鎮一記念館では、今回の記念館コンサートを前に、7月22日に「荻原尚子さんコンサートを3倍楽しむ学習会」を開催しました。記念館スタッフの手作り資料による学習会という企画、とてもいい試みです。
バッハの人となり、無伴奏ヴァイオリンパルティータとは何か、そして記念館にある音源の探索、音楽批評家の資料など、さまざまな資料が用意され、10名の熱心な方々の来場をいただきました。
なんでも記念館には、無伴奏ヴァイオリンパルティータが収録されているレコードが18種類もあるそうで、その時代ごとに鈴木先生が好まれた演奏家のものが収集されています。この日、その中からいくつかを実際に聴きながら、学習会が進みました。
来場者の方々からのご感想です。
・こういう機会は滅多にないので、楽しみでした。解説がとても興味深く、有益でした。このようなくだけた内容の会はこれからもやってほしい。(90歳男性)
・グリュミオーの1番とヒラリー・ハーンの3番の冒頭の演奏が、とても印象的だった。先日ハーモニーホールで鈴木雅明/バッハコレギウム・ジャパンの「ロ短調ミサ曲」を聴いてきたばかりだが、このバッハという男は、人類史上とんでもない人間だと思う。こんな人間がいたのか!「音楽の父」というが、音楽というより全宇宙を創造した存在にも思えてきた。しばらくは「シャコンヌ」が頭から離れない。26日の演奏が楽しみだ。(70代男性)