「音楽と医療と私」~オーケストラに魅せられて~
スズキ・メソードOB・OG会理事 金森圭司

 

World doctors orchestra 2019 Philharmonie de Paris, Mahler Symphony No.3
本番後の打ち上げ

 日本では、公益社団法人才能教育研究会(スズキ・メソード)の存在もあり、以前から早期音楽教育が盛んで、その結果、現在、ほとんどすべての日本の大学や多くの中学・高校などにもオーケストラ(管弦楽団)が存在し、たくさんの学生が参加し、演奏しています。学校を卒業すれば、職場とか地域でまたオーケストラを結成するなどした結果、聴衆も増え、東京都内だけでも10団体を超えるプロのオーケストラが経営を維持し、アマチュアオーケストラに至っては、東京都内で正式に登録がある数だけでも実に350団体もが活動し、ある意味、世界に類を見ない音楽大国になっています。
 
 日本のオーケストラ発祥の歴史を見ると、日本における最初のプロオーケストラ誕生は、山田耕筰がドイツ留学から戻った1915年(大正4年)頃と言われています。ところが例えば慶應義塾大学の全学のオーケストラは、それよりも前の1901年(明治34年)に創立されています。それほど前から日本の一般大学生はオーケストラ活動を楽しんでいたわけですが、医学部だけを見てみると、他の学部とカリキュラムやキャンパスが違ったり、人数が他学部より少なかったりするため、他の学部となかなか一緒にやることが難しく、医学部単独ではオーケストラを編成することが長い間できませんでした。
 
 それが、やっとでき始めたのは、医学生で楽器をする人の割合も増えた今から40数年前で、慶應義塾大学や東京女子医科大学がその走りでした。今やほとんどの医学部や医科大学にもオーケストラがあり、それぞれ学生さんたちが活発に演奏活動しているのを見ると隔世の感があります。医学部オーケストラの歴史と私の音楽人生とが重なる部分がありますので少し辿ってみたいと思いました。
 
 私は4歳から、スズキ・メソードでヴァイオリンを習い始め、かなり一生懸命やりましたが、当時は音楽家になる気はなく、最初の大学は法学部でした。そこの大学オーケストラで音楽の魅力に目覚め、カナダで開催された世界ジュネスオーケストラに当時の文化庁から派遣されたのを契機に、周囲の反対を押し切って音楽の道に転身しました。法学部卒業後、東京藝術大学に入学したのは良いけれど、親からの仕送りはもう途絶えていましたので、自分で稼いで生活せざるを得ず、在学中から港区麻布十番にある「アオイスタジオ」に録音の仕事でよく通っていました。シンガーソングライターのピアニストとピアノ5重奏を組んでCDを出したり、演奏会をしたりしていたのもその頃です。後年クリニックを開業する際、港区医師会に入会のため、港区医師会館に行ったら、その昔通っていたアオイスタジオの丁度向かい側だったのでびっくりしたのを思い出します。また、当時音楽を教えていた広尾の女子高校の近所で、現在クリニックを開業していますが、人生とは本当に分からないものですね。
 
 さて当時そのスタジオで知り合ったN響のヴァイオリンの方の紹介で、自分もN響で弾くようになり、当時の名指揮者たち、サバリッシュ、ホルストシュタイン、山田一雄、朝比奈隆などの巨匠たちと数多くのステージをともにできた経験は今も私の大きな財産になっています。
 
 藝大を卒業して桐朋学園大学で指揮を尾高忠明氏に師事していた当時、前述の医学部管弦楽団のトレーナーも務めていましたが、医学部の学生さんたちと付き合ううちに、いろいろと感化されました。このまま音楽をやり続けて本当に人に感動を与え、自分自身も満足できるような演奏を続けられるのか・・。それよりも、痛いのが楽になったり病気が治るとか、もっと直接的に人の役に立つ方がもっとやり甲斐があり自分も嬉しいのではないか・・などと考えるようになり、再度転身しました。近年のパンデミックで世界中の音楽会が一斉にキャンセルとなり、世界超一流の音楽家達さえも失業する中、逆に医者は増々必要とされ皆様のお役に立てていること、私の人生の選択は間違ってなかったと改めて感じています。
 
 音楽は職業でなくても誰かに喜んで貰うことができ、かつ一生続けられるものなので、その後、音楽の方も辞めずに、今から30年程前に、現役の医師たちから成る「全日本医家管弦楽団」を立ち上げ、常任指揮者を10年間務めたり、2018年には天皇皇后両陛下御臨席のスズキ・メソードグランドコンサートにて指揮者を務めたりの指揮活動も何とか継続しています。今年(2022年)11月には名フィル(名古屋フィルハーモニー交響楽団)でベートーヴェンの交響曲第7番やハイドンのチェロコンチェルトなどを指揮することになっています。
 

World doctors orchestra 2019 Philharmonie de Paris, Mahler Symphony No.3

 また、全日本医家管弦楽団の世界版とも言えるNPO団体「World doctors orchestra」が2008年ベルリンで創設され、現在ではおよそ60ヵ国から1,600人を超える医師が登録していて毎年欧米を中心に世界各地で演奏会を開催していますが、そこではコンサートマスターとして参加しています。メンバーは医師または歯科医師ですが、中には私のように音楽家から医師に転身した人も珍しくありません。国と言語は違っても医学と音楽という共通のバックボーンを持った医師たちと一緒に音楽で人々に活力を与える活動は、国際学会で外国の医師と交流するのとはまた違って、とても面白いです。メンバーはそれぞれ世界各地の自分の居住地から予め参加費を払って自腹で現地集合し、通常3回の練習と2回の演奏会を1週間で行なうという濃密な時間を共有した後、現地解散します。演奏会の収益は地元の医療関係団体などに寄付されます。日程に余裕のあるメンバーは練習本番の前後に観光したりする人もいますが、日本人メンバーは忙しい人が多いので、大抵はすぐ帰ります。私も今まで東京、タイ、イタリア、スイス、ポーランド、台湾、フランス公演に参加し、今年はボストンでの公演に参加してきたところです。

World doctors orchestra 2019 Philharmonie de Paris, Mahler Symphony No.3
リハーサル

 ところで音楽は人に喜んで貰うためと言いながら、実は自分自身のためにやっている部分もあるのです。一般社団法人日本認知症予防学会が2018年に世界の「楽器の演奏」に関する500本を超える研究論文を再検討した結果、楽器演奏は認知正常者から認知障害への1次予防効果がある(グレードA)とエビデンス認定されました。認知症になった方に音楽を聴かせたり、演奏に参加させたりする今までの音楽療法から、今後は、健常者が年齢を重ねても楽器演奏を続けることによって認知症を「予防」していくというように、音楽療法の主体が転換してゆくと私は考えています。自分たちが楽器演奏を続けることで自分たち自身が認知症になることを回避し予防していく・・、何だか素敵な音楽療法だと思いませんか?

「Boston Symphony Hall」は、1900年に建造
されたアメリカ東部ボストンにある由緒ある
ホールで、アメリカが持つ貴重な歴史的建造物
の一つ(2022年9月)

 楽器を演奏するということは例え自分一人だけでも、先ずどういう音を出したいかを考え、方法を考え、実際に出た音のピッチ(音程)・リズム・音色を修正したりの作業を瞬時にしなければなりません。合奏する場合はそれに加えて相手の音程やリズムや音量バランス音色などを判断し、自分のそれらを相手に合わせて一緒に曲を作っていくという、精神的、肉体的作業がこれも瞬時にかつ連続的に必要になります。ですから自分一人で楽器を独奏するだけでも、もちろんその効果はあると思いますが、他人と合奏することで、その効果はさらに増加してゆくと考えています。

 二重奏や四重奏などの室内楽に始まり、管弦楽(オーケストラ)、さらにはソリストや合唱付きの数百人規模の演奏まで、規模が大きくなればそれだけしなければならないことも増えます。これだけのマルチタスクを、楽しみながら継続的に行なうことによって、脳と身体が良い方向に向かって行けること、想像に難くありません。また、孤独に独奏するよりも、オーケストラのような多人数での合奏の方が演奏だけでなく、言語によるコミュケーションも通して社会性を保つ必要があり、増々認知症の予防に繋がるのではと考えています。
 

36th concert Boston 2022(September 18, 2022)
Johann Sebastian Bach, arr. for orchestra by Arnold Schönberg
Prelude and Fugue in E flat major, BWV 552
Gustav Mahler Adagio from Symphony No. 10 in F sharp major
Samuel Barber Knoxville: Summer of 1915, op. 24
Igor Stravinsky Firebird Suite (1919 version)
ウイーン楽友協会大ホールや、アムステルダムのコンセルトヘボウ
と同様、現在でも、19世紀からの姿をそのまま残すシューボックス
形式のコンサートホールで、響きが素晴らしかった

 今まで、日本医師会が主催する、医師たちによる「クリスマス・チャリティーコンサート」や東京都医師会のいろいろな行事でも、たびたび演奏してきました。また、私が理事をしている東京都港区医師会では、主催する健康公開講座やコンサートに、コンクールで賞を取ったような一流の若手演奏家を招聘し、聴衆の皆様に楽しんでいただく活動も活発に行なっています。また、港区医師会は音楽だけでなく、美術展も毎年開催し、会員の描いた絵画などを医師会館に展示公開し、またそれを港区医師会報にカラー印刷したり、会員の描いた絵を医師会報の表紙にするなど、それぞれ好評を得ています。

 以上、オーケストラが日本で急速に盛んになり、それが医学生や内外の医師にも広がり、演奏する側にとっての能動的な音楽療法として今後大きな可能性を秘めている事を、私自身の音楽人生と絡めて紹介いたしました。
 
 医療と音楽、ともに人様に喜んでいただけるものです。我々医師にとっても、健康でより豊かな人生を送れ、一生続けて行けるように皆様とともに微力を尽くしたいと考えています。